500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第165回:エとセとラ


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 エとセとラ1

夏が始まると子供達は専用の装備で山に川に、果ては海にまで採集に出かける。特別な網はわざわざ誂えたり先祖代々のものであったりするが、必ず誰の物であるかの識別が可能になっていなければならない。行くのは子供達だけ、大人が同行することは決して無い。
夏の終わりには大人と一緒に標本を作る。順番通りに綺麗に並べた物を提出しないといけないのだが全てが揃った物はなかなか作れない。欠番になるのは獲るのが難しかったり危険な場所にいたりそれ自体が危険だったり、よしんば捕まえられたとしてもいつの間にか逃げたりするものだ。作るのは必ず大人と、子供達だけでやることは決して無い。
何年か前に一人、標本を完成させた子がいて誇らしげに提出したそうだ。その春、移住してきたばかりだったらしい。
明日はその子の何回目かの命日になる。



 エとセとラ2

 固ゆでのゆで卵を作ろうとすると、いつも半熟卵が出来てしまう。これは私が短気な性格だからだろうか?かつて、小学校の家庭科で習った通り、沸騰して10分を目安にゆでてるんだが、目分量で時間を測ってるからホントは3分しか経ってないのかもしれない。
 かくして私は、殻を剥くために全集中力を指先に傾注して、白身を神妙玄妙な力加減で殻から乖離させて黄身がアッ!と漏れ零れればバッと口を寄せて一気に吸うという曲芸を弄さねばならないのだった。
 結局バッラバラになり、5割以上の殻にへばりついた白身を、歯でこそげ落とすように食べ切り、自分のゆで時間を計る甘さ加減を呪詛するのだった。食べ終わった残骸はてのひらでサッサッとかき集めて、もう片方のてのひらで受け、ゴミ箱にパララッと捨て朝御飯が終わる。



 エとセとラ3

 血尿が止まらない朝。
 まいった。マジか。自分のヘロヘロは見て見ぬ振りしてたけど、今朝イチの会議んために、今週いくらタクったか知ってんだろ。わたしの体。
 寝坊寝坊な日々の中、猫ん手をさ、借りたら滅茶苦茶なるのわかってたから、レロレロな自分に鞭打って、全部一人でやったんじゃんかよ。知ってんだろ。わたしの体。
「ダイバーシティを礎としたサスナビリティ社会の構築」だの「手と手を携えた共生社会」だの「ETC2.0のビッグデータを元にした、都市と地方の紐帯を基軸とする広域コミュニティの構築」だの、ネトネトなお題目並べた立派なパワポで、わたしはわたしのキャリアを作るんだ。でしょ? メソメソなわたしの体!
 血尿が止まらない朝。



 エとセとラ4

鉛筆と 染筆どちらも 乱筆ね

「なかなかやるわね、江川さん」
「詠んだ内容は救い難いけどね。次は瀬川さんの番よ」
「なになに? 何やってんの?」

得たいなら 世態を気にせず 裸体よね

「やっぱり最終兵器はこれでしょ」
「まあね。次いくわよ」
「川柳大会? 仲間に入れてよ〜」

エイト付け 生徒が守った ライトゾーン

「最後が字余りね。それにエイトを付けるのはセンターではなくて?」
「そうよ。だってこれは大谷シフトを詠んだ句だもの」
「もう、無視しないでよっ!」
「では、あなたもやってみる?」
「ルールはわかってるよね?」
「なんとなく。じゃあ、いくよ!」

江川変 瀬川も変だよ 俺ラガー

「男かよっ!」
「俳句かよっ!」



 エとセとラ5

「あかときいろ、まぜたらオレンジ」
「うん」
 アトリエに入るが早いか、息子は机に転がる絵具をつかんでは次々パレット上にしぼり、しきりに混ぜて遊びはじめた。
 青と黄で緑。青と赤で紫。赤と白でピンク。白と黒でグレー。様々な色を拵えては喜んでいる。
「おとうさん、そこの三つは、まぜたらなにいろになるの?」
 息子が、机の隅に隠れてじっとしている三本を指さす。エ色とセ色とラ色である。
「さて、何色かな」
 私は三本をつかまえると、同量ずつパレットにしぼり、ほんの少し水を加えて混ぜてみせた。いざ現れた色を見て、息子の目がみるみると丸くなる。
「わあ。これ、なんていういろ?」
「ソノタイロ色」



 エとセとラ6

 マッチ売りの少女がいます。名は、ランゼ。
「魔法のマッチがいっぱいの、魔法のマッチ箱です」
 それを聞いた人たちはどんな魔法か実演してみろと言います。少女はマッチを並べます。
「マッチで作った【エ】の文字から一本動かして【セ】の文字にして下さい。マッチ棒は折ってはダメです」
 途端に人々は食いつきました。ああでもない、こうでもない。
 でも五本のマッチ棒から六本必要な文字はできるわけがないのです。
「答えは、魔法を使います」
 少女が【エ】から一本取ったマッチを擦って文字の上で振ると、マッチ棒が増えて【セ】の文字になりました。すごい、不思議だ、と拍手喝采。そしてもう一度、と。
「今度はこの【セ】を【ラ】に……」
 人々は三本に減ったマッチに生産性がないと興味を失い、去って行きました。

「魔法のマッチがいっぱいの、魔法のマッチ箱です」
 少女は翌日も頑張りますが、同じです。
 その次の日も、さらにその次の日も。
 だんだん周りに集まる人は減っているようです。
 それでもめげずに、少女は今日もこの世のものでない魔法を売っています。

 余談ですが、やっぱり一日ごとに周りの人たちは確実に減っているようです。



 エとセとラ7

「僕はもうセックスはしたくないんだよ」
 男は椅子に座って白い帆布に筆を走らせながら、独り言のように呟く。男から少し離れた位置で、椅子に座って煙草を吸っている裸の女が、傍のテーブルに置かれた灰皿に煙草の灰を落とした。窓の外から差し込む月の明かりが部屋を照らしている。
「絵描きにでもなるつもり?」
 女は煙草を吸いながら窓の外の欠けた月を眺めている。
 男は調色板に紅色の絵具を落とすと、筆先にそっと付けた。
「どうかな」
 女は少し苛立った様子で、
「あたしは子供が欲しいの」
「僕と君の子供は今、書いている」
 女は眉間に皺を寄せ、
「種無し野郎、絵が子供だっていうの?」
「そうだよ」
 女は椅子から立ち上がり、テーブルに置かれた灰皿を掴むと男に向かって投げつけた。灰皿は男の額に当たり、鈍い音を立てて床に転がった。
 男は自らの額に手を当てた。真っ赤な血が流れている。
「素敵な赤だ」
「馬鹿じゃないの」
 女は深い溜息をした後で部屋を出て行った。男は額から滴る血に筆先を付けると、白い帆布に描かれた女の唇にそれを当てた。
 薄れゆく意識の中で男はケセラセラを歌おうとする。呂律が回らずに別の言葉になる。
「エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ」



 エとセとラ8

十二支の起源である。
その先着順が告げられていた元旦、最初に神前に立ったのはエクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングだった。たまたま近くで年越しをしており、勢いでやってきたのだ。
神様は頭を抱えた。十二支、定着せんだろ、面倒臭いのが3匹も冒頭におったら。

そこに牛がやってきた。牛の背中からぴょーんと飛び降りツーと神様の直前まで進んだ鼠が、私端からここにいましたという顔をした。
勿論鼠の詐術が通じる相手ではない。だが神様は天啓を得た。
「鼠、お前が一番乗りだな。その後ろのエクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングは鼠のようなものだ。よって最初の動物は鼠とする。2番目は牛。よいな。」

エクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングからはブーイングの嵐。
「では1番目は鼠等としよう。」
神様は譲歩した。
「等とはどういうことですか?」
3匹は首をかしげた。
エクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングと繰り返すのが面倒な神様は言った。
「等とはエとセとラだ。」

etc.の起源である。



 エとセとラ9

忘却の記憶から、綴られた淡い夢が燻る。一筆にならない乍らも、なお風に想いが便り、律儀な回答を大らかな自明にする。新旧に辿る時が懐かしい。今という永遠に、宇宙の雫が甘い誘いとなり、邂逅の嵐に蹲る。

あなたきて
わたしのゆめの
こころまい
ふれるたましい
ひとつとなって

歓び、悦び、喜び。不束な魂の萌えが、行く末の舞いを予兆する。始めという空間を問い、開く時間を占う。微かな目眩の、訪ねる仄暗さは、色調を深くした愛なのか。恣意の無さに愕然としながら、偶然を装う運命の旅を、息遣いにする。もし、エクセトラ。