500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第172回:共通点


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 共通点1

このビルの十階から見渡す景色は、まるで二度目の今日が重なったみたいだ。



 共通点2

彼と私は、意思を疎通することができない。なにせ、私と彼の持つ器官がまるで異なる。だからとて、不都合もない。彼も私も、伝達を図ることがない。私は彼の形が分からない。全くが分からない。ゆえに、彼が私の輪郭を認知しているかも明らかでない。理解できることは、何ひとつない。

私と彼は、個別である。
断絶がある。

だのに、私は彼の存在を感じている。
互いの一部が接触することができたなら、もしかして私たちの宇宙は光よりも速く膨らんでいく。



 共通点3

アルシーシュルキュール洞窟群には、鳥魚野牛マンモスなどの壁画が百点以上ある。成立年代は三万年前。
絵は洞窟の奥の特定の場所に集中して描かれているが、最も深い絵画群は1?の深奥にあり、いくつもの難所を越えていかねばならない。
洞窟の奥に火を焚いて長時間とどまるのはリスクもあっただろう。足場の悪い危険な場所もあり、「ここで描く」と決めるにあたって、明るさ描きやすさより優先される重要な条件があったと推測されるが、定説はなかった。

90年代半ば、パリ大学の民族学者イゴール・レズニコフは歌いながら洞窟を踏査し、絵画群の位置は洞窟の中でも特段に反響の豊かな場所であることをつきとめた。
太古の絵描きたちはきっと、歌いながら描いたのだろう。響きによって開かれるものがあったに違いない。

レズニコフは探索を続け、洞窟の中で最も反響が美しい立ち位置を見出す。
「ここだ!」
そう思った彼がふと足許に目を落とすとそこに、
「ここだよ!」
というように、赤い顔料の点がひとつ、打たれていた。

耳の良いネアンデルタールとホモサピエンスは、同じ位置に立ち、同じ響きに耳を澄ませた。
シルエットは重ならなかったかもしれない。なんだか女の子だった気がするので。



 共通点4

 船の妖精ロックとロールは、舳先のゆれを司る。上下のゆれはロックが担う、左右のゆれはロールが担う。ギッコンバッタン、どんぶらこっこ、わっばっぱるばっぱらっばんぶーん、と暴れる舳先は縦横無尽、傍若無人の筆さばき。
 ところがどっこい、そのゆれが、ふいにピタッと静まった。二人の軌道がかち合ったのだ。
「おい、どきやがれ」ロックが怒鳴る。
「おとといきやがれ」ロールも吠える。
 ロックとロールは矛と盾、ぶつかり合えば互いに沈む。
 束の間の凪がおとずれた後、やむなく二人、「チッ」と舌打ち、矛は横へと、盾は縦へと、アールを描いて迂回する。
 ロックは左右に、ロールは上下に、はたして軌道も入れ替わり、そしてふたたび大海は、アレヨと荒れるんでアール&アール。



 共通点5

度胸試しが宏の仲間内で流行り出した。「川向こうの外人団地な」「あそこに一人で乗り込んで『掃除当番』札を盗ってきたやつが俺たちのリーダーだ」まとめたがりの丈が、もうこのゲームをやることが規定事項のように仕切り始めた。僕らの住んでる町から、その外人団地はくすんで見える。老朽化した公団住宅。本来なら取壊されて然るべきだが無計画な外国人労働者受け入れ政策の煽りを食い、雑居ビル化して今に至る。多国籍の日雇い人たちの根城となってて、大人でも怖がって近づかない。「おい、あそこはやばいだろ」「昨夜も銃声が聞こえてきたわ」反対者もいたが、所詮は小学生だから好奇心が勝った。

夕方に決行すること。ゲートまでは全員で行き、二人組で三手に分かれる。など現実的なプランが固まってゆく。

「じゃあ六時半になったら、絶対にゲートに戻ることな」「よしわかった」僕は健と組んで暗い電燈の団地通路を足早に移りながら、先週から学校に来なくなったリラが此処にもしかしたら住んでて、鉢合わないだろうかと期待した。会うことは叶わなかった。木札は健が手に入れたものの、それが何語で書かれていたか判読できなかった。



 共通点6

 「中3の冬にね母親が倒れたの。幸か不幸か合格発表の後でね」と彼女は笑う。  以来何も出来ない父親と兄と弟の為に全ての家事をやる事になった。経済的な余裕はあったのに家政婦を雇わなかったのは母親が他人を家に入れるのを嫌がった為だ。暫くして何も分からなくなった祖母と同居する事になったのは父親が実母を施設に入れるのを嫌がった為だ。
 「開放されたのってもう高3の秋よ」と彼女は笑う。
 高校卒業後彼女は即座に家を出てこの町で就職した。出会ったのは隣同士になった面接の時で以来付き合いは続いている。
 可愛い上に毎日手作り弁当の彼女は家庭的との評判が立ってかなりモテた。実はウチの旦那もその1人でイブに振られたのを知ってる。プロポーズの言葉が「君の手料理を死ぬ迄食べたい」だったのも全部知ってる。
 彼女はそんな連中を全て袖にして弁当男子の今の夫を選んだ。子供は男女男の3人。家族全員家事全般OKで料理は大好き。凝ったものでは無いけど美味しいおうちゴハンを手早く作ってしまう。
 「もうね、船頭多くして何とやらぁ?料理多過ぎちゃってもうテーブルが一杯でどうしようもないわぁ」と彼女は笑う、ほんとうにしあわせそうに。



 共通点7

 このメッセージが届いたなら、あなたの周りにいる誰かも、あなたと同じようにこのメッセージを読んでいるに違いない。そういうシステムであり、神の思しべしだから。
 今日という最後の日、それでも僕は信じることを諦めたくない。神の存在を諦めたくなるほど圧倒的な現実を目の当たりにして、それでも、なお。
 試練にしては惨すぎる。確実な死を前にして、それでも神は忠誠を求めるのか?
 正直、僕だってそう思う。でも、僕はこの信心を裏切ることができない。だって、今も神は常に僕と共にあって、僕と信仰は不可分だ。このメッセージを受け取ったあなたも、きっとそうに違いない。
 言行を一致させねばならない。口だけではなく行動で。そう悟った時点で、飛行機を使ってもメッカには届かなかった。理屈ではわかっていても、信仰は僕を歩かせる。僕以外の誰かも祈りを唱えながら向かう。神のそばへと。
 あなたも来てくれたらと、すこし思う。もちろん強制はしない。信仰は他者に評価されるものではない。このメッセージを読んでくれたあなたへなら、僕は幸福を祈れる。
 あなたの魂を共に。



 共通点8

 漂流する座標空間同士が重なり通過しあう時に浮かび上がる座標がある。いくつかの座標の並びから物語が生まれるが、それは星座同様見かけ上のものだ。



 共通点9

 あなたを一目見て、私の心は雷に打たれた。
 そして悟ったの。この人に出会う運命だったと。

 君を見た瞬間、僕の脳裏に君の人生が浮かんだ。
 どんなあだ名で、どれほど苦労して育ったか。前世からの縁に導かれるように。
 だから僕は声を掛ける。
「あの?」
「ええ」
 彼女もすぐに悟ったようだ。運命的な出会いを。
「突然ごめんなさい。でも初めてじゃないような気がして」
「私もそうなんです」
 静かに微笑む彼女。
 その姿は聖観音様のようだった。
「あなたは神々しい。いや、決して嫌味なんかじゃないです。なぜなら僕もずっと苦労してきたから」
「ええ、わかりますとも。あなたも素敵です。私は初めて、自分のことが好きになれるような気がしています」
「僕もです。僕もなんです!」
 感極まった僕は、両手で彼女の手を握っていた。
 彼女も涙を流しながら、手を握り返してくれている。
「手術なんてしなくて良かった。初めてそう思いました」
「私もです」
 運命を憎み、こんな姿に産んだ親を憎んだ。
 その呪縛からの解放を分かち合える人に出会えたことが嬉しかった。
「何度、このほくろを取ろうと思ったことか」
「私だって。この額の真ん中にある大きなほくろを」