500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第174回:バタフライ効果


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 バタフライ効果1

 彼はその手の話が好きだったワケ。なんてゆーかその、こーゆうの知ってるとちょっとアタマ良さげに見えるでしょ?実際のところどこまでわかってたどうかアヤシイけど。でもね、まさか実践しようとするなんてだぁれも思わなかった。そんな事考えるなんて。でもね、ああそう言う奴だなぁってふと思ってあの娘に言ってみたの。彼のお葬式の時にね。そしたら意気投合しちゃったワケ。ほらあの娘ってさ、ちょっといけ好かない感じじゃない?美人だけど。だからそれまで口きいたことなんてなかったし、近寄ったことすら無かったワケ。それがまさかこんなに仲良くなって一緒にこんなことするなんてね。人生なんてわかんないもんね、刑事さん。



 バタフライ効果2

 影の中の芝の濃い緑と、ひなたの若々しい黄緑。
 ヨットが浮かぶ水面の清々しい青。
 あなたが差すパラソルの鮮やかな赤。

 あふれる光に目を閉じた。途端に聞こえないはずの羽ばたきが、遠く広がっていく。
 世界が散り散りになる気配に慄き慌てて瞼を上げた。
 
 そこにあるのは、飛び去ってしまった色の静寂。



 バタフライ効果3

私は小さな惑星に小さな家を建て、ひとりで暮らしている。
昨晩の残りの、トマトのスープを飲む。
小さなトマトは、鉢植から摘んだのだが、案外よく育ったので感心する。
母から送られてきたものだ。

娘にトマトの苗を送った。
ご近所の方にいただいたのだけど、植物を育てるのは苦手だ。
ついでにいうと、トマトも嫌い。

私のあげた苗は、どうなったろうか。
うちの子が持ってきたけど、育てる場所がなかったものだから。
ついでにいうと、トマトは嫌い。

僕はトマトが好きだけど、母がそうでないのは知っている。
青いトマトの実った苗は、恒星が点在しているみたいで可愛い。
残念ながら、あちこちの星に行かないとならないから、僕には育てられない。
いつか赤くなった実がひとつはじけたら、ほかの星はどうなるだろう。
小さな惑星は、宇宙のどこかに飛んでいってしまうかしら。
トマトのスープといっしょに。

星がひとつ消えたと少年がいうと、あれは随分昔の光なのよと少女がいい、彼らの未来はまだ、はるか彼方。



 バタフライ効果4

白秋一葉に始まり、玄冬一風に終わる。胡蝶の羽撃きは雷を兆し、青帝到来す。深更の残雪、払暁、万木たちまちの花。



 バタフライ効果5

現在、あなたがこの短い一文を読んでいることは確実である。
もはやこの一文を読まなかったらたどったであろう人生に、二度と戻ることはできない。

人生は、あらゆる局面で初期値に鋭敏である。
人生には奇跡しか起こらない。

客観的な現在は存在しない。
現在は局所的である。
この文字列を読んでいるこの現在は、あなたの観測によって収縮した、あなたのプライベートな現在である。
あなたの周囲にいる人が、同じ現在を共有している必然性はない。きっとその人は、その人の人生のどこかの一瞬にいるはずだ。あなたにとっての過去か未来に。
そこにあなたがいないこともありうる。
つまりあなたがすでに死んでいる分岐も無数にあっただろうから。

しかしあなたの意識は、観測が可能な経路が存在する限りそれを観測する。あなたが生きている可能性がどんなに小さくなっても、生きている確率がある限り意識は、あなたがいる世界にいる。
ゆえに主観的にはあなたは死なない。

無数の蝶の羽ばたきの海の中を飛ぶ蝶のように、自身の観測によって現実化したひとすじの軌跡を描きながらあなたは、どこまでもどこまでも飛び続ける。
留まる花はない。



 バタフライ効果6

 「後は全てキミ次第」
 手渡されたものはひどくたよりなくてせめて何かに入れるか包んでくれればと思った時には既に螺旋階段に居た。
 のぼっている様でもくだっている様でもあり、もしかしたら全ては幻で実は平坦な所を進んで、いや進んですらいないのでは無いかと言う気がしてきた。
 (一体何処まで続いているのか?)
 そう思ったら開けた場所に居た。頭上に拡がるのがもし空だと言うのであれば蒼過ぎる。深くただ深くのしかかってくる。



 バタフライ効果7

 短さが蝶であるならば、アタシが紡ぐこの物語は蛹だ。如何様の解釈をも導く、物語の物語による物語のための蛹だ。
 つまり、短さが種であるなら、物語は蕾で、解釈こそが花だ。花にはさらに蝶が集まり、また花が咲く。
 そして風が吹く。短さは吹き荒ぶ嵐ではない。一陣の風だ。疾風だ。春を呼び、夏を招き、秋を愛でるし、冬を慈しむ。
 もしくは、寄せて反す波。短く、しかし広大なる海。すべてが存在し、すべてを奪う海。想像できるすべてを実現できるのが現実ならば、無を存在させられるのが短さだ。受け取るだけではなく、短さには受け取れないことへの覚悟が伴う。
 だから、宇宙とも均しい。果てしなく広がり、何時か縮むことが定められている宇宙は、短さの中でこそ多元的な顕現を可能とする。
 常にアタシは望む。まだ見ぬ貴方に、せめてこの物語だけでも届くことを。願わくば、幾度か打ち寄せることを。短さは言葉を超える。文化を越える。時を越える。空間を超える。未来の何処かで貴方の魂に届くと信じる。
 短さを信じる。



 バタフライ効果8

 ぼくの手に、一本の魔法のステッキがにぎられている。
 使える魔法は一つ。蝶々に向けてステッキを振れば、その蝶々を、蝶々サブレへと変えられる。
 今朝、啓示を受けた。
 一頭の蝶々を蝶々サブレに変えれば、この世界を滅亡から救うことができる、と。
 目の前を、一頭の蝶々がひらひらと羽ばたいている。
 この地球上に現存する、唯一の蝶々。最後の一頭だという。
 さあ、振れ。と神らしきものの声が頭に響く。
 振るべきか。振らざるべきか。
 ちからなく舞う蝶々の羽は透きとおっていて、ひどく綺麗だ。
 蝶々を滅ぼしてまで救う世界に、価値などあるのか。
 けれども(神が甘くささやくには)すこぶる美味しいらしいのだ。



 バタフライ効果9

 正月早々、2大国間の対立激化を報じるニュース。その後番組が変わって元日ほどではないにしてもまだ参拝者で混み合う地元の大きな神社の様子が映し出された時、配偶者が今から行こうと言い出した。初詣など関心無いと思っていたのに珍しい。まあ暇だし。出かけた。
 参拝する最前列の人達の背中が見えてきて、やっとだねと配偶者見ると、まだお賽銭を入れてもいないのに手を合わせている。いや、合わせているのではなくて、合わせた小指を支点に手のひらをハタハタ開閉している。口元は最近覚えたあの言葉を言いたげ。
 局地的に祈願の初期値を乱すことで成就に介入し、その結果たまたま世界から争乱を無くそうというのだ。気分はわからんでもないが、でも原理はどうなっているんだと聞くと、神頼みだもん原理は無いよ、だって。
 こちらは常識的な参拝方法で平和を願った。ついでに他の参拝者の願いがなるべく成就することも願った。



 バタフライ効果10

ほんに全てが嘘だけど、歯だけ磨いて行きませう。



 バタフライ効果11

 ちょん切られたハサミは本来チョウをちょん切るはずだった。
 ちょん切るはずのチョウにちょん切られたハサミはちょん切ったチョウにも超似ているのでちょん切られたハサミがチョウとなりちょん切ったチョウがハサミとなっても特に違和感はない。
 故に蝶々夫人が阿部定の如くピンカートン氏のちんちんをちょん切ったとしても不思議ではないしまたその凶刃がハサミであるとも限らない。
 つまりマダムバタフライにはバターナイフがよく似合うしトーストの上うすべったくしたちんちんをチンして食べたらとろけるチーズもゾウ印と化しトラならぽとぽとバターになるところ負けじとゾウもびんびんとタツ巻になる。



 バタフライ効果12

2019年、岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下に出来た重力波望遠鏡「かぐら」で今年、天使が検出された。



 バタフライ効果13

 カナダ旅行中、バスの待合室で視線を感じ見上げるとブロンドの女の子が鎖骨の下辺りに彫られた入れ墨を見せてきた。
「ねえねえ、このカンジの意味知っている?」
「ああ……うん、知ってるよ、それは」
「いいでしょこれ、日本で彫ってもらったんだ。ちょうは、バタフライって意味だよね」
「えっ? 違う違う。それ英語でTrillion、ちょう、って発音は一緒だけど意味は全然違うよ」
 彼女が悲しそうな顔をしたのでまずいと思って、俺は続ける。
「いやでも、よく見ると兆って漢字、本物のbutterflyに似てるよね、そっちの方が本当に飛びそうだよ」
 そう言いながら俺は手帳に蝶の字を書いて見せてやる。「どれどれ」とのぞき込む彼女の兆が俺の鼻先をかすめてひらひら飛ぶ。
「確かに私の兆の方が可愛いね」と笑った彼女と目が合った。「シーユー」と先に来たバスに乗って消えた彼女を見送りながら、俺は兆のもう一つの意味を思い出していた。