500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第163回:ぺぺぺぺぺ


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 ぺぺぺぺぺ1

 ペンギンが並んでいる。
 体長は六十センチぐらいだろうか。ちょうど目が合う高さのような気がしたので、しゃがんでみた。
 頭頂部から背中にかけての黒い羽毛はビロードのように輝き、一方腹側の白い毛はふわふわと風にそよいでいる。黒ずんだくちばしは丸みを帯びて、小さな瞳の周りは白いラインが均一に縁取っていた。
「ぺ」
 おもむろに人差し指を突き出して、彼らの先頭に立つ一羽に突きつける。
 ファーストペンギンたる彼または彼女は、首だけをすっとこちらへ向けると、一声くわっと鳴いた。
 それで調子にのって、次から次へと同じことを繰り返したのがよくなかったのだろう。
 最後に「ぺ」と指さしたとき、彼らは揃って消えてしまった。ぱちんとシャボン玉が弾けたような音を最後に、そこにはもう半濁音五つ分の余韻しか残されてはいなかった。



 ぺぺぺぺぺ2

 雪の上に、見慣れない足跡がある。いや、本当に足跡なのかどうかはわからない。しかし、ひとまず足跡と呼ぶのが適切な気がする。
 「ペ」と読める。カタカナか、ひらがなかは、わからない。
 それは等間隔で続いている。追いかけようかと思ったが、隣家の畑の上を歩くことになるのでやめた。

 夜道、後ろから聞き慣れない足音がする。「ぺたん」でも「ぺこ」でもなく、ただ「ペ」だ。
 いつかの冬、雪の上に見た足跡の主だろうと思う。この音は「ひらがなだ」と、わかる。
 振り返って姿を見てやろうと思ったが、途端、右へ曲がってしまった。隣家の畑の方角だ。矢張り、あの足跡の主だと確信する。



 ぺぺぺぺぺ3

 星間連絡船の中ではぐれてしまったぺぺが見つかったのは三年後だった。港からの通信でハコダテ星かアオモリ星かと飛び出そうとしたら、コウチ星だという。なぜそんなところに。驚くやら呆れるやら。一番はもちろん安心で、家族みんなで笑い合った。
 コウチ星の港まで迎えに行き、三年ぶりに会ったぺぺはずいぶん大きくなっていた。頭が二つに増えている。尻尾は五本もあった。
「行方不明登録の写真とはかなり違うんですがねぇ」
 どうですか、と首を傾げる職員に、私は何度もうなずいた。
「ぺぺです! ぺぺ!」
 呼びかけると片方の頭が振り向いた。
「ぺぺぺ!」
 もう片方も呼ぶ。どちらもうれしそうだ。五本の尻尾をくるくると旋回させて飛んでくる。
「もうどこかに行ったりしちゃだめよ」
 私は二つの頭をぎゅっと抱きしめた。



 ぺぺぺぺぺ4

「お団子おいしいね」
「お団子おいしいね」
「お団子おいしいね」
「お団子おいしいね」
「お団子おいしいね」

「お月様が真ん丸だね」
「お月様が真ん丸だね」
「お月様が真ん丸だね」
「お月様が真ん丸だね」
「お月様が真ん丸だね」


縁側に並ぶ幼い五つ子たち。彼らの視線の先には、同じく五つの山と、そこに昇る五つの満月。



 ぺぺぺぺぺ5

「いやー、昼間のお笑い、面白かったな」
「そうだな。ぺぺぺ」
と俺は、そのお笑い芸人を真似た。
「おまえさー、そのネタの都市伝説知っているか?」
「何、お笑いネタに都市伝説? ありえねー」
「それがあるんだよ。ペを5回言うと、とんでもない事が起こるんだってよ」
「はぁ? とんでもない事って何だ」
「それがなぁ、5回言ったやつは一旦、その場から消えるんだって。戻ってきたやつに、どこに行っていたか訊くと、声が出なくて答えられないそうだ。でもその顔には、夢がかなった時のような幸福な笑みを浮かべるらしいぜ」
「へー、面白いな。そういえば、俺の子供の頃の夢は宇宙に行きたいだったな」
「おいおい、おまえ、5回は絶対に言うなよ。この国では5は忌み嫌う数字だからな。おまえがそのまま居なくなると、俺は困るんだからな」
「分かっているって」
夢を思い出し、もう少し飲みたい俺はビールと裂きイカを持ってベランダへ出た。星を見ていると、昼間のお笑いネタが浮かんだ。
「ぺぺぺぺぺ」
と声に出して笑っていると、突然、目の前に土鍋ほどのUFOが浮かんでいた。
あっけにとられた次の瞬間、宇宙に浮かんでいた。



 ぺぺぺぺぺ6



……あ……そっか、もう誰も起こしてくれないんだっけ。猫も居なくなったし……。にしてもマヌケた……音……だ……なぁ…………。


ぺぺぺぺぺ


……あ……そっか、スヌーズになってたのか……切らなきゃ。にしてもなんで目覚ましなんかかけたんだっけ?もうこの時間に起きなくたっていいのに。これからは……もう。 あーなんか笑えるぅ……。



 ぺぺぺぺぺ7

 あの山間から、まもなく満月が顔をだす。その時、呪文をとなえよ。さすれば世界は増殖する。



 ぺぺぺぺぺ8

 屋外にある休憩所は喫煙所だけなので、煙草を吸わない僕も昼はそこに屯する。外灯が扉の斜め上にあるのだが、そこに燕が巣を作った。
「掃除のおばちゃんが、またキーッてなるな」
「そうだな、しかし、よくこんな煙臭い所に作ったな」
 僕らは心配事の様に話し合ったが、それは自分の将来、例えばこの仕事続けられるだろうか、結婚できるだろうか等の問題と比べたら何でもない戯れ言だった。
 やがて巣の中には四匹の雛が、ひっきりなしに母鳥が餌を運ぶ光景が見られた。巣の真下にはおばちゃんによって段ボールが敷かれた。ある日段ボールに整然と並べられた蜻蛉の死骸を見てヒッとなった。
「知らんの?燕は生き餌を食べるんだ。まだ食べられなかったので下に捨てたんだよ」
おばちゃんが教えてくれた。僕は休憩中、丸椅子に座って雛を見やるのが習慣になった。体格のいい雛が親の餌を独り占めしてて、要領よく肥えていってる。そのでかいやつが羽根を広げ巣から身を乗り出した。お、落ちんじゃないの?とハラハラして見てたら、尻を突き出し白い糞を撒き落とした。一緒に見てた掃除のおばちゃんは、真下の段ボールが糞をキャッチし、ほれ見い計算通りっという顔をした。



 ぺぺぺぺぺ9

心と魂の流露に、僻地は愛を求める。風はさやかに、雨は美しく、光は妖しく。妖しいは、綾である。あやかしは、夢である。穴には大小があるが、比較ではない。時間の矢には、意識の振り返りがある。無なるが故の有限の夢幻、有限なるが故の無限の幽玄。

うつくしき
ゆめのまにまに
あなたみて
かえるふるさと
あなたゆめみて

共にと、微妙な息遣いの間合いに、愛の夢幻が溢れ出す。汗が夢の歴史を伝いて、忘却の淵からの帰還を悦ぶ。離れたのは夢である。ひとつであった事を、時が今、教える。喜悦を放つ。なお、出入りは、収まらない。そう、合わすのだ。息を、愛を、夢を。



 ぺぺぺぺぺ10

500文字の心臓というサイトで、お題として出されたタイトルの作品を投稿して競うタイトル競作というのに参加していてね、今回のお題が『     』だったの。前々回が『テーマは自由』だったのにまた似たようなお題だなと思ったけど、なんか他の人の投稿作品がどれもこれも今ひとつ理解できなくて、どうにも不思議だった。実は『     』じゃなくて『ぺぺぺぺぺ』だったの。とある作品中のカタカナとひらがなが混在した『ぺペペペぺ』が消えずに読めたことを端緒に分かったんだけど、『ぺ』が5個連続すると視覚上消えるバグが私にあったの。掲示板にそれを書き込んだのがいけなかったのかな、知らない人達が家にやってきて理由も聞かされずにここに連れてこられた。早く帰りたい。関係あるか分からないけれど、あの後サイトが閉鎖されていたのが不安。



 ぺぺぺぺぺ11

 そんな音が彼女の合図だ。坂下から聞こえてきたら、みんな一目散に逃げ出す。彼女は嬉々としてVespaで追い回す。
 ツーサイクルのレシプロエンジンは、スズメバチとは思えない愛おしい音で殺戮を奏でる。
 坂のてっぺんなウチの前を通る一瞬だけ、父と母と妹を殺した彼女の鼻歌が聞こえる。彼女の鎌が、僕の目の前で美しい軌道を描いて屠った。
「いってらっしゃい」
 2階の窓からモッズカラーなヘルメットに声をかけると、彼女は軽く右手を挙げる。死によってつながった、彼女と僕の儀式。
 いつになれば彼女は僕を鎌にかけてくれるのだろう? 残念ながら、僕は明日も彼女を見送る。



 ぺぺぺぺぺ12

『母、危篤。ペペペペペ』
 その手紙が届いた翌日の朝、私はパパにその手紙を見せて言った。

「ぺぺぺぺぺって何?」

パパは何も言わずに私の手を引いて車に乗せた。自分は運転席に座って車を走らせ、母との思い出を語り始めた。

「母さんはパターが上手かった。穴にボールが吸い寄せられるみたいに、とても上手にパターを打った。パッティングの名手である母さんに対して僕はね、球子。ペッティングの名手と呼ばれていたんだ」
 「は?」
「まぁ、結果的に僕のアイアンが母さんのホールに吸い寄せられて、ワンしたわけなんだけど」
 「ちょっと止めてよ」と私は父の言葉を制した。「どうしてそんなことを言い出すの?」

父は真剣な表情で「ぺぺぺぺぺはね、5本のクラブと5本のゴルフボールのことさ。母さんは僕にずっと内緒にしていたんだよ」
 私は呆れて言葉も出なかった。車は名の知れない森を走っている。父は何かを悟った様子で、
「もうすぐ僕と球子も天国にホールインワンだ。その前にね、球子。君は僕の本当の娘じゃないんだ」
 ふいに体が軽くなった。車が宙を飛んでいる。
「私は何人目?」
 父は、じっと海面を見つめて、
「四人目の子だ。球子、母さん、浮気してるぞ」  ぺぺぺぺか。



 ぺぺぺぺぺ13

 憧れの純白の大地が近づくと、氷上をぴょこぴょこと歩く黒い影が見えてきた。私は調査隊員に尋ねる。
「おおっ! あれはペンギン?」
「ですね。ベリングスハウゼン・ペンギンという種類です」
「ペリングス……?」
「あはははは。我々はぺペンギンって呼んでますよ」
 ぺペンギンの群れをよく見ると、何匹か別の種類が混ざっていることに気が付いた。白い胸の羽毛の中心に、黄色い斑点が一つ輝いている。
「あのペンギン、可愛いな」
「ペニー・ペンダント・ペンギンですね。私も好きなんです」
 我々に気付いたペンギンたち。遠くに見える高台を目指して駆け出した。
「あの高台は?」
「ああ、あれは半島です。ペンシルベニア・ペテルブルグ・ペントランド・ペニンシュラって言うんです」
 なんだよ、その名前。未開の地に故郷の名前を付けるって、よくあるアレか?
「あそこには温泉が湧いておりまして、幾つかの国が半島を取り合った結果、そんな名前になっちゃったんです」
 なに? こんなところに温泉が湧いているのか?
「しかも、あの半島にも固有種がいるんですよ。名前は……」
「わかった、ペペペペペンギンだろ?」
「いえ、ペペペペペリカンです」



 ぺぺぺぺぺ14

 ぺ、ぺ、ぺ、
 水溜まりの上で軽やかに飛び跳ねるように、窓枠についた飛沫で遊ぶように、僕らはそいつがやってくると決まって下唇を鳴らす。舌打ちよりも軽く、弾き出した音は存外遠く遠くまで響く。
「やめてよお」
 クラスの中でもとくに劣っていると判断されたやつに向けて、その音を鳴らすのだ。
 教室の中は僕らにとっての世界で、この世界では弱くては生きていけない。
 そこに後ろめたさがないわけではないけれど、僕らはただひらすらに純粋な悪意を唾とともに飛ばす。

 ぺ、ぺ、ぺ、……

 そうしてある朝僕が登校すると、そのひどく見慣れた音がどこかから聞こえてきた。いつも向けていた相手は、音の先にいない。親の転勤でどこか遠くへ引っ越していったのだ。それから僕がそいつのいた場所に落とされた。そんな簡単な話。

 ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、

 耳を覆いたくなるその音がこんなにも吐き気を催すものだとは。
「やめろよ。なあ」
 知らなかった。知らなかったんだって、言えたならよかった。
「やめてよお」
 吐いたぶんの唾は僕らの足下に溜まって、いつかその泥濘に足を取られることになるくらい、僕ら本当は知っていたのだ。



 ぺぺぺぺぺ15

と、吐き出したスイカの種は、上手く飛ばずにボクの口のまわりにベットリとついてしまった。それを見たじいちゃんはクックと肩を震わせて「まだまだやな」と言った。そして持っていたビール缶を、縁側から1mくらい離して庭に置くと、じいちゃんはスイカを一切れ手にとり、シャブッとかぶりついた。「見ときや」じいちゃんの口からぷっぷっぷっとスイカの種が飛び出し、ビール缶にカツカツと当った。「じいちゃん、すげえ」「はは、ひとつハズしたわ」じいちゃんは笑って残りのスイカをシャブシャブッと食べてしまった。蝉の声。どこかで鳴る風鈴。蚊取り線香の匂い。これでもかというほど夏だった。
あれから50年。じいちゃんはもうこの世にいないどころか、縁側のあったあの家も今はもう誰も住んでいない。夏の気温は年々上昇を続け、いまや人々は閉め切った部屋でエアコンをかけて閉じこもっている。じいじになったボクは、スイカの種を飛ばす動画を孫娘に送ってみたけど、ママから「子供に変なことを教えないで」とメールが来た。ちぇ、なんだよ。一人では食べきれないスイカを抱えモッサリと齧っては、わざと口のまわりに種がつくように吐き出している。



 ぺぺぺぺぺ16

私のことはそう呼んでください、とあのひとはいった。
変な名前。
そういうとびっくりしたような目で、だって君たちはこういう名前を宇宙人らしいと思うんだろ、とあのひとはいった。
無声破裂音を多く含み同じ音が連続し……、とゴチャゴチャいうから、もういいからホントの名前教えてってあたしはいった。
あのひとの教えてくれたそれはとても複雑でとても繊細で、あたしには発音できなかったし憶えられなかった。

ほんの短い間だったしキスもしなかったけど、あたしたちの恋はほんものだった。
夏の終わりの日。星空しか見えない丘の上で、あのひとはさよならをいった。家族が待っているから、ずっと地球にいるわけにはいかないんだ。
待ってるひとってあたしよりキレイ?
そう聞くとあのひとは笑って、君も十分きれいだよ、といった。

ほんとうはわかってる。
わずか100歳にも満たないあたしは、あのひとにとってはほんの子供で本気の相手になんかならない。
星空に向かってあのひとを呼んでみる。
間の抜けた響きは、それなのに一番遠くまで届く信号みたいでもある。あのひとの名前じゃない。