シソーラスでことばを飛ばそう
ぼくは辞書のたぐいが好きで、「遺伝学辞典」「日本昔話事典」「逆引季語辞典」「日本石仏事典」などなど、けっこう変わった辞書をもっています。今ここで紹介しようと思うのは「日本語大シソーラス」(山口翼編/大修館書店)という辞典です。
この辞典には20万もの語が収録されているのですが、言葉の意味が載っているわけではありません。では何が載っているのかというと、独自の分類体系によって、意味の近い語がずらりと並んでいるだけなのです。ところがこれが面白い。意味のグラデーションをなした語が、超短編の創作にも使えるのです。
ところで、「語」はほかの「語」と結びつこうとする性質があり、そして、結びついた「語」は、「ものがたり」になろうとする性質があるように思います。たとえば今回のトーナメントで出したタイトル「対角線」を例にとると、「四角形」を連想する人もいるでしょうし、斜めに切った「はんぺん」を思い浮かべる人もいるかも知れません。四角形は三角や台形や円を従え、はんぺんは大根やコンニャクや卵を連れてきます。これだけで、おでんの鍋の中が、なんだか算数の授業中のように思えてきませんか? おでんの中で、すでにものがたりが生まれかけています。
話を「日本語大シソーラス」に戻しましょう。この辞典を使えば、ある語と語の意外な関係に気づくことがあります。実際、「対角線」の近くには「倒錯」「十字路」「千鳥」なんていう意外な言葉が潜んでいたりするのです。
近すぎては面白みがないし、遠すぎてはつながらない、そんな超短編的な言葉の「飛ばし方」「つなげ方」の研究にはうってつけの本だと思います。一万五千円とちょっとお高いのですが、お金に余裕のある方は、創作にお役立てください。
[優秀作品]鉛 : なつめ
> 彼の喉元が急に重くなった。鉛のかたまり。なんで鉛なんだろう
金言、いぶし銀の技、鋼の肉体、ニッケルの月など、金属は、しばしばたとえに使われます。しかしこの作品の重さ、くすんだ色合い、得体のしれない不定形の苦しみを表現するには、何としてでも鉛でなくてはならなかった。鉛の重さがのしかかってくるような作品に対して、優秀賞の鉛メダル贈呈です。
庭の千草 : はやみかつとし
> ちょっと見ぬ間に一坪ばかりの庭の隅に
神様はなんだかコロコロと鳴きそうです。
終わらない仕事 : 春名トモコ
> ぽっかりとあいた穴を見て彼女はうんざりする。
神話的なストーリーが「もう!」のひとことで、ずいぶんかわいらしいものになりました。それほど目新しいアイデアではないにもかかわらず、そのかわいらしさが作品に新鮮な空気を送り込んだようです。
最初で最後 : マンジュ
> 皿に盛られた苺の中に、ひと際鮮やかな色をしたものがあった。
短い作品ですが、タイトルを含めて、もうすこし推敲の余地はあると思います。それでも掲載を決めたのは、あまりになまめかしかったからです。
何度そう思ったことか : きき
> 東の空に、へたな舞台小道具のような黄色い月がひっかかっている。
この月が三日月だとすれば、三日月とカーブの相似がみごと、絵になっています。三日月カーブを通り抜けたなら、もはや心に迷いはないだろうと思わせました。
粥
このエッセイ風の文章を超短編として読むことも十分可能なのですが、「ただの粥が、なかなか贅沢じゃないか。」が言い過ぎで、禅的な世界がしゅんと縮んでしまいました。最終行の「しばらくの間、一人でとても気分が良かった。」がすばらしいだけにおしい。
卵に戻る
タイトルがしっくり来ていないような気がしました。
魔法
超短編のスタートとしてはまずまず。ここからさらに話を転がしてみてください。
知らないこと
最後の一文ですこし教訓ぽくなってしまったかも。
妻の主食
とても面白い。笑いに挑む姿勢に好感がもてます。もう少し完成度が高ければ、掲載です。