500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 選考結果 > 第18回:松本楽志選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

きれはしについて

 どんなものでも切れ端は物語を孕んでいると思うのです。だから、長い物語を切り出せばそこには無数の物語を想起させることは出来ます。いや、物語である必要さえないでしょう。エッセイや説明書や妻の寝言や自殺した友の遺書や……あらゆるものはどこかで終わっていて、その先に我々は自由に物語を形作ることが出来ます。換言すれば、それをどこかで切り落としたとして、プラナリアのごとく、物語は切り落とされたその部分から、ぶくぶくと再生を始めるのです。

 しかしながら。
 想起させる物語があることと、それを面白く感じさせることはやはり別物なわけです。物語は無数にあるけれど、どれも面白いわけではない。あたりまえですね。物語の断片であることとをほとんど直截的に表現している超短編では、そのあたりが重要な点ではないかと思います。長い物語の断片であるようにみえて、長い物語の断片そのものではないものが、超短編なのかもしれません。
 ……なんだか毎回同じことを書いているような気がしますが。

 次の選者は、たなか「なんでなん?」なつみです。

選者:松本楽志 



掲載作品への評

鸛 : まつじ

> コウノトリが運んできたのは、赤ん坊ではなく小さな物語。

 コウノトリがそうなのは良いのですが、ナレーション(地の文)が饒舌すぎる点が少し引っかかりました。体言止めもわざとらしい気がします。しかしながら、コウノトリと子どもの関係をきわめて歪んだ形で描くという試みそのものはきわめて面白く、欠点を補っていると感じました。



∞進法カウントダウン : 根多加良

> ご よん さん に いち

 正直この作品はまだまだ推敲の余地があると思います。思いますが、奇妙なテンポがどうしても気になって採ってしまいました。数それ自体は記号だというのに、そこに我々にとっては意味をくみ取れてしまう言葉が紛れ込むというカウントダウンのルールそのものがおもしろみになっています。が、いったいこのカウントダウンはどういう目的なのか、と考えてみるのも面白いなあと思いました。



雑木林の誘い : きき

> 迷宮はくぬぎ林の中。

 文字数オーバーですし、行開けも好みではないのですが、イメージはきわめて綺麗で物語も魅力的な作品でした。「林」そのものの持つ、いろいろな要素をうまく切り分けて、物語に寄り沿わせています。イメージの散乱がかえって効果をあげている作品だと感じました。



掲載されていない作品への評

ある講義にて

 あまりにも思考や舞台が限定されたこの物語には、読者の想像が入る隙がないように思います。ただし、それ以上にここに書かれた論理が「魅力的なねじれ」ではなく、たんなる「吟味不足」に見えてしまうことは問題かと思います。そのために教授の最後の言葉がまったく空虚に響きます。それから、あきらかに文法がおかしなところがあるのもマイナス。



できごころ

 ある少女の微妙な心の動きを描いた作品です。
 しかし、眼鏡萌えという題材もそうですが、この作品の骨格が「友人と思っていた男の軽口を真に受けている自分の発見」だとすると、これはあまりに安易すぎる構図です。構図に借り物を使うならば、どこか読者をはっとさせるような要素が欲しかった。



瞬間の出来事

 よくできた小品ですが、もともと矮小な世界がさらに予定調和な形で閉じられてしまうのが残念です。突破口は「鞠」という素敵な言葉にあるように思うのですけれど……。



マイクロビジョン

 面白いのですが、こういったタイポグラフィーのような作品は終わり方が難しいですね。このままでは書き捨てられていく2ちゃんねるのアスキーアートを見ている方が面白いように感じます。



僕の鴉

 これは採ろうか迷いました。ただ、僕の印象ではこのお話には、もっと昏くあってほしいと思いました。そのための言葉がいささか不足しているのではないかと思うのです。推敲の期待を込めて選外に。



レコンキスタ

 非常にねっとりした良い描写が続くのですが、あまりにも全体が同じトーンで覆われていて、読み終えたあとあっというまにイメージが流れてしまいました。センテンスを抜き出すと決して悪い作品ではないと思うのですが、どこかに足がかりを残して欲しいなと思います。