500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第18回:松本楽志選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

鸛 作者:まつじ

 コウノトリが運んできたのは、赤ん坊ではなく小さな物語。
 長いこと子どもを待っていた村人達は腹を立て、村はずれに鎖で彼を繋ぐ。
 「退屈だ」と石を投げつけられる度にコウノトリは短い物語を聞かせ、ある夜、催促もしないうちから大岩を背にして静かに語りはじめる。それは、物語とは言えなかったかも知れない。
 「ある日ある村の女という女の腹が大きく膨らみました。」光のない、コウノトリの眼。「村の男どもは恐れるばかりで何もできず、」ゆっくりと動く嘴。「女の腹は一晩のうちに大きくなり、」ざざ、と森から風が吹きコウノトリの物語を運んだ。
 「裂けた下腹からごとりごとりとそれぞれ四十の子どもを産み落とすと、傍でおののく男たちを絞め殺し自らも息絶えました。」風は村に届き、物語は続く。
 「辛うじて生き残ったたった一人の男は」
赤ん坊の山の上で泣き叫ぶ男が一人。いくつもの赤ん坊を殴りながら遂には転がり落ちて息絶えた。
 「やがて狂い死に、」
 下弦の月。
 「残された血にまみれた赤ん坊の山のてっぺんで、そのうちのひとつが産声をあげる。」
 暗く淀んだコウノトリの眼。
 「村は待望の赤ん坊を得たのです。」
いつ鎖を外したのかコウノトリが静かに飛び去った夜明けに、子ども達の泣き声が聞こえる。



∞進法カウントダウン 作者:根多加良

 ご よん さん に いち 小さい 遠ざかる 思い出せない みえにくい 忘れてしまう なくなりそう あとわずか ぜろ ないけどへってる 埋めようとしている 記号もない 空



雑木林の誘い 作者:きき

迷宮はくぬぎ林の中。黄緑色の空気の底、ゆらゆら木漏れ日が降る地面歩いていると、決まってここがどこなのかわからなくなる。
そんな感覚を楽しみながら、踏み出す一歩の重さを確かめるように、ゆっくり、ゆっくり、進んで行く。

そっちじゃないよ。もっと左だよ。

心の声が導く。朽ちた木が、明るい光の中、横たわって誘う。
かつて林の母だった、おおらかな優しさを宿す木だ。
苔を避けて腰をおろすと、もずが甲高く鳴きながら頭上を横切る。

何に脅えているんだい?

くぬぎ林には、いつのまにか、ソロやナツハゼの幼木が混じり、枝が視界をリズミカルにする。

ほーら、あの子のおでましだ。

まだ枝のずっと向こう、じっとこっちを見ている。手招きすると、姿を消し、次にはずいぶんこっちに近づいている。

もっとそばにおいでよ。

心の中でそう言うと、今度は目の前に来た。大きな翡翠様の目のはまった顔が、いっそう白い。

今日は何を交換する?わたしはこれ。

スカートのポケットから、ビーズの指輪を取り出し、手のひらに乗せた。
その子は、三本の指でそっと指輪をつまみ、日にかざす。

そんなに見ないで。君の目のほうがずっときれいなのに。

それからその子は、一本の筒を出した。ガラスの覗き窓が見える。
カレイドスコープ。
くるくる回すと、さらさら時がこぼれた。