500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第17回:峯岸選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

台風一過 作者:はやみかつとし

 舗道に打ち捨てられた骨だけの傘がガサッと蠢くと一匹の翼竜になって勢いよく飛び立つ。見る間に真っ青な空高く舞い上がり、点に消える直前、ぱっと開いて白い落下傘になる。ゆるやかに漂いながらそれは透き通っていき、日輪をうけて七色の虹彩をまとうと、やがてぼくの右目にふわりと着地した。
 それ以来、ぼくは恋を失っていない。



パケット・ガール 作者:sleepdog

 最近自宅のインターネット接続の調子が悪い。パソコンが原因かと思い業者に調べてもらうと、まったく予想もしない答えが返ってきた。
 通信回線の中にパケット・ガールが潜んでいて、機嫌が悪いと別の男性を優先させてしまうんだとか。——俄かには信じがたい。

 正直言うと、女の子の機嫌を取るというのが昔から性に合わない。
 念のため業者にどんなタイプなのか聞くと、彼はダイヤルの発信音を確かめてから、「ここの回線の子はどうも純情そうですね」と教えてくれた。この間アダルトサイトを見たのが良くなかったんだろうか——。
 まさか詐欺に遭っているのかと疑い、別料金が要るのか尋ねると、
「気の利いたプレゼントがいいんじゃないでしょうか」
 とすかしたような答えをよこした。だが、からかっているふうには見えない。

 暫く悩んだ末に、白髪頭を撫で回した。
「若い子の欲しがるプレゼントを……ちょっと教えてほしいんだが」
「ああ、そうですねぇ。モジュラーの穴に入るサイズだったら……、例えばビーズのアクセサリーとか」
 業者は、帰り際まで終始真剣な表情だった。

 一人になり、私は改めて壁を睨む。本当に、信じてビーズを詰めるべきなんだろうか?



種 作者:Wizard

私は、図書館で働いていて、お昼前でそれだけははっきりと、覚えているの、そして、本の整理をする、それはしんどいけど、鈍間な私にも出来る仕事で、やがて午砲が鳴る。窓から見える野原が、二重三重にと重なって、緑はどこまでも広がって、人は見えない、ふと私は本を取って見てそれが、何と書いているのか分からないことを知るの、文字が読めないことを知るの、そして、やがて文字が霞んで、真っ白になっていくことを知るの。やがて、わたしは着衣などなくて、わたしの居るのは図書館じゃなくて、野原に立ち尽くして、一糸纏わずに。やがて鉄砲持ちさんが来る、その人と私は知り合いで、でもいつ知り合ったのはよく分からなくて、でも、とても仲が良かったの。そしてね、鉄砲持ちさんは、ポッケから硝子玉を取り出し、その硝子玉は人の顔をしているの、そして泣いたり怒ったり、でもみんな窮屈そうに。そこに閉じ込められているようで。鉄砲持ちさんは鉄砲の中にその玉を入れて、わたしに向かって撃とうとするの、わたしは嘘でしょっていう、でも嘘じゃないよと答える。爆音がして、わたしのお腹には玉が埋め込まれている、それは笑っている。よく見るとそれはわたしの顔で。そして午砲が鳴って、わたしは一日そこに立ち尽くしていたと理解して。