500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 選考結果 > 第27回:たなかなつみ選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

誰に何をどう伝えるのか

 残暑厳しいですが、みなさまお元気でしょうか。暑いなか、たくさんの投稿をありがとうございます。楽しみながら、苦しみながら、拝読いたしました。暑さのせいか、今回の選はほのぼのとした作品が並びました。読み手のみなさまといっしょに涼をとることができれば幸いです。
 毎回、選には悩みます。掲載作、非掲載作のあいだのラインは、はっきりと見えるものではありません。読み返しては並び替え、読み返しては並び替え、そうするうちにわたしのなかにもぼんやりと、この作品はみなさんといっしょに楽しみたい、この作品はもう少し練り上げられるのでは、といったラインがぼんやりと浮かんできます。
 超短編は、とても短いので、言葉の選択にたいへん繊細さが要求されるということは、繰り返しお伝えしてきたことかと思います。でも、そこにたどりつくまえに、もうひとつ大事なことがあります。それは、誰に、何を、どう伝えたいのか、ということです。ただ、自分の気持ちをそのまま綴るだけでは、それは物語にはなりえません。誰かがわかってくれるだろうと放り投げたテキストは、読者から遠くなってしまいます。自分が書こうとしている作品で、伝えたいことは何なのでしょうか。数ある既存の物語ではなく、いま、自分が、ここで、表現しなくてはならない物語とは何なのでしょうか。もちろん、文章感覚のよしあしは、大きなハードルではありますが、伝えるべき物語を探り当てるのは、自分自身です。ただ、放り投げるのではなく、すみからすみまで、言葉に意識的であってほしいと思います。超短編は、それができる、短い物語なのです。自戒も込めて。

選者:たなかなつみ 



掲載作品への評

雨の降る国 : 白縫いさや

>  猫を抱いて、宿の二階から空を見上げる。

 独特な静謐なイメージが描いてあって、読んでいるわたしもほっこりした。特別に奇をてらっていないところが成功している。途中の繰り返しも、世界観をつくりあげるのにうまい手法だと思う。難があるとすれば、最後の一行。なかったほうが余情感があって、よかったかもしれない。



おいしい水 : はやみかつとし

>  タマサカ山から流れ出るせせらぎの水を汲んで君に届けに行った。

 まず、設定がおもしろい。そして、お互いに好きあっているだろうふたりのやりとりも素敵だ。奇妙な話なのにほのぼのとした読後感があって、楽しめた。



はじらい : 瀬川潮

>  抜けるような青空の下、みずみずしい黄色と緑が映える。

 続いてもうひとつ、ほのぼのとした作品をご紹介する。奇をてらった作品群のなかで、こういったストレートに愛らしい作品はめずらしい。単なる夏の風景を映すだけなら目にとまりにくいが、最後の一行が素敵。



雑音 : 木村多岐

>  おれの頭のなかに、虫がはいり込んでしまった。

 虫が頭のなかに入り込むだけだったら、超短編的にはよくある設定。けれども、話者の虫に対する愛情が透けて見える情景、虫が動かなくなったときの寂寥感、そういった細部の描写がこころに残った。



[優秀作品]不可侵 : はやみかつとし

> 切り立った崖の怪我はひどいのですか、

 2行作品。短い言葉のなかに圧倒的な情景が広がる。この言葉の使い方は見事としか言いようがない。わたしもお手本にしたい、このたびの優秀賞。



掲載されていない作品への評

アトラス

 タイトルと文章がかみ合った、とてもいい作品。充分掲載に足る作品とも思ったのだが、足の裏が感じる世界が、やや紋切り型なのが惜しいと思った。大きな世界を描くからには、やはり世界の描き方に個性を出してほしい。他の選者なら掲載にするかもしれない。ぜひ再挑戦してほしい作品。



言壷

 けっして悪くない作品なのだけれども、あまりにも展開が読めすぎる。この展開で作品をつくるのであれば、もっと「言葉」自体を吟味する必要があるだろうし、そこまで「言葉」にこだわらないのであれば、ある種単調ともいえる展開に一考の余地があると思う。超短編のなかには、「言葉」にこだわった作品はけっして少なくない。そのなかで一歩抜きんでるには、なんらかの特長が欲しい。



ラジオ

 ひとつひとつの小道具は、とても魅力的。海の存在感にはうならされた。ただ、ラストのエピソードにいたる話のつながりがもっとほしい。印象的な言葉をかき集めることもとても大事だけれども、物語として成立させるということもまた大事なことではないかと思う。



グッド・モーニング

 前半部分はそう目新しくはない。けれども、人差し指を律するエピソードはうまい。掲載に至らなかったのは、タイトルの説得力のなさによるもの。



サマーあついくらえ

 これはいったいどう評価したもんだか。実は今回いちばん記憶に残った作品かもしれない。もうね、あほかと、ばかかと。大笑いさせていただきました。でも掲載はできません。ごめんなさい。狭量なわたしを許してください……



ブルーアウト

 「闇」を描いてうまい。筆力は充分にある人だと思う。けれども、読んでいて、それがちょっと鼻につく感じがわたしにはした。無理にかっこよさを見せつけようとがんばっている感じ。好きな人には好きな作品かもしれない。掲載にするかどうしようか迷ったが、個人的にはちょっと評価しきれないので、今回の掲載は見送り。