銀の鈴 作者:スケヴェ・キング
下の子どもが小学生になったとき、姉と同じ銀の鈴を与えた。二人は通学かばんにつけ、鈴の音と笑い声が絡まるように登校し、家に帰ってきた。だが今日は鈴の音がどこか寂しい。妹の綾音がいないのだ。姉の美咲に聞くと、鈴のおじさんについていったという。
鈴のおじさんは全身に鈴をつけ、リヤカーを引いているらしい。美咲を連れて公園に行く。いた。反射する無数の鈴のため、銀色の巨大な魚のようになった男が山のようなごみとともに波打ちながら歩いてきた。
ごみのてっぺんには誇らしげな戦利品のように綾音が据えられ、無邪気に沈む夕陽を眺めていた。あたりは無限の鈴の音に満ち満ちて、私は耳を覆いながら男に懇願した。娘を返してくれと。男はにやりと不敵に笑い、俺の名前は「川音」だ、娘さんの名前を教えてくれと言う。私が断ると男はあやねと書いた娘の鈴を揺らしてますます笑った。そして、鈴をもらう代わりに娘を返してくれた。
その夜、私は夢を見た。大きなかわうそが二本足で立ってあやねさんと結婚させてくださいと言うのだ。結納代わりに銀の鈴をくわえている。わあとどなって目を覚ました私の横で娘もまた夢を見ている。
時代の変遷 作者:佐藤あんじゅ
私は背中にできたこの大きなこぶをどうやって隠そうかと考え今まで生きてきた。それを何なんだ、あいつらはみんなで腰まで開いた服を着て見せびらかし、その大きさを自慢し合い、ピアッシングまでして売りもののようにしている。暑い日も鎧のような服をまとい、それが目立たぬよう人ごみの中に紛れてもそれとわからぬようにしてきたこの私の努力は一体何だったのか。
何度も今まで試みていたが、できなかった。家に帰り、自分のこぶを切り落とそうと思い、今度こそはと献身の力をこめた。
彼は血にまみれながらそれが自分の体から離れるのを見た。意識が薄れ掛けていた。両手でそれを握りつぶすと、ベッドに倒れ込んだ。彼は数十年来仰向けに寝たことがなく、天井を隅々まで見ることができた。白いシーツは赤く染まり、やがて深い眠りに落ちた。
予感 作者:よもぎ
その音を聞くと、こめかみに甘い痛みが走る。眉間にしわを寄せ目を細める。音が胸に肩に腕に足にからみつき、否応なしに過去へ落ちていく。無性に誰かに会いたくなる。誰かわからない旋律に吐きそうになる。人恋しいくせに人の中へ出ると身じろぎも呼吸もできないのはわかっているのに。春から夏へ、萌黄と薄紅の点描が光の粒で揺れ動き、世界は生の律動に満ちているというのに。その音の調和が自分と自分でないものの境界線を曖昧にさせる。ゆらりと目を細める。それはあの人の表情の真似だったと気づく。
情事 作者:春都
目を覚ますと、横で寝ていた女の背中にナイフが深々と刺さっている。部屋にはもう自分と女しかいない。
フロントに電話をかける。しばらく待つとノックの音がした。覗き穴から見れば、確かにさきほど世話になったマッサージのおばさんだ。どういうことだと問いただす。おばさんは「またか」という顔をして、ポケットからリンゴを取り出しながら、部屋の奥をあごで指した。
振り返れば、女の背中に刺さったナイフは、ふるふる震えながら抜けていく。見る間に女の脇腹を滑って落ちた。その感触で目が覚めたのか、むくりと女が起きあがる。こちらを眠そうな顔でじっと見つめて、「まぁいいか」とぽつりと言った。何度たずねてみても、気が変わったのよ、としか返さない。
その後、女がリンゴを切ってくれ、それを二人で黙って食べた。