500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第07回:たなかなつみ選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

[優秀作品]星になる 作者:峯岸

 切りかけていた木に祖母が話しかけると木は女になる。腹から血を流している。祖母が私に薬を持ってくるように言いつける。私は木菟となり森の中をくまなく探すのだけども見付からない。
 沙漠へと出た私は穴を掘る。身を潜めていると蠍が私の左のふくらはぎを刺す。たちまち毒が回り私は死んでしまう。私はすぐに生き返る。蠍を罰してやろうとして初めて蠍は私がどういう存在か気付いたらしく命乞いをする。私は自分の目的を話して聞かせる。蠍は途切れ途切れ語り始める。蠍の言った通り夜を待つ事にする。
 夜は星が降ってくるのである。一面が星でいっぱいになる。中で最も綺麗で余り輝いていないものを拾い上げる。とても熱い。私の体は護られているので平気だけどもこれでは祖母やあの女は。空が白んでくる。星を銜え太陽から逃げる。
 幾年も夜だけを跳び続けている内に寒さで私の目は潰れてしまう。私が自分の名前を大声で叫べば方角が自ら私に向かうべき先を示すので何の不安もなく飛び続ける事が私には出来る。そうこうしている内に星はちょうど良い温度になっている。
 祖母は私から星を受け取ると殻を割りおもむろに中身を飲み込む。女は呻いている。祖母は女に歌って聴かせる。歌い終わると女を土に埋める。祖母と私は泣きながら抱き合う。
 次の朝私は木を切りにゆく。その木で少女の人形を作り、私と祖母の娘にする。



ES 作者:三澤未来

「たまご……」
 だよなぁ、という間の抜けた呟きしか出てこなかった。
 鏡の中で呆然としている僕の頭のてっぺんには、うずらの卵くらいの小さな塊がちょこんと乗っかっている。何の前触れもなく、朝起きて顔を洗おうとしたら、もうこうなっていた。とうとう自分にもか、と溜息。
 現在、世界中を騒がせている謎の現象。唐突に頭頂部に「たまご」が現れる。痛覚を共有しているらしく、無理に取り除こうとすると激痛に襲われる。手術での除去を考えたある医師は、レントゲンで自分の脳とそれが木の根のようなもので繋がっていることを知り断念した。
 あらゆる専門家が原因の究明を諦め、最終的にこの現象を「たまご症候群」と名づけて病気の一環とした。最近では「Egg Syndrome」の頭文字を取って「ES」と呼ばれている。最初はニュースやワイドショーを連日賑わせていたが、アナウンサーやレポーターもESに罹患する頃になると、もう話題にも上らなくなった。
 あれから一年。うずらの卵くらいだったそれは、今では鶏卵大にまで膨れ上がっている。別に重くもないので全然気にしてないが、最近、世界各国で謎の首なし死体が発見されているというニュースが、なぜか心に引っかかってい



ギロチン 作者:峯岸

 手足を縛られ横に寝かされた人間を殺すだけのスポーツ。縛られている人間は「罪人」、選手は「斧」、また斧が罪人を殺すことは「断頭」と呼ばれる。反則などは特になく、観客の嗜好を満たす様、斧は出来るだけ派手に罪人を殺す事が求められる。
 罪人の絶命が確認されれば新たな罪人が用意され、斧は延々と断頭を繰り返す。断頭が終わった時点で斧の敗北が決定する。斧の敗北は「刃こぼれ」と呼ばれる。殺した罪人の数は勝敗に関係せず、斧に勝利はあり得ない。



うみのたね 作者:はるな

 ひきだしが海になっていた。四角い箱の中、青い水が規則正しく波うっている。潮のにおいがする。波間からイルカが飛ぶ。それは間違いなく海だった。
 知らないおじさんから海の種をもらった。青く透きとおるビー玉。光にかざすと、中で凝縮された青い液体がぐるぐる渦巻いていた。それを机のひきだしにしまっておいたら海になっていたのだ。
 一日中海をながめた。どれだけ見ても飽きない。潮騒が満ちる部屋。わたしだけの海。
 海水は少しずつ増えていき、やがてひきだしからこぼれるようになった。中の水を捨てようとしたが、どれだけバケツに汲んでも水はなくならない。これはイルカが飛ぶ海なのだ。水がこぼれ落ちた床が海に変わる。じわじわと面積を広げていく。イスが、雑誌が、ゴミ箱が、海に沈んでいく。潮騒が獣のような低い唸りになる。
 誰にも話せなかった。母に言えば、わたしがおかしくなったとまた泣くだろう。
 とうとうベッドが海の底に引きずり込まれて行った。いつかわたしも飲み込まれる。その時を、部屋の隅でひざを抱えてひとり待っている。



ぽこぺん 作者:庵之雲

 好きな娘ができた。すんごい片思い。
 ある朝目が覚めると、お腹が大きくなっていた。
 想像妊娠ですね。と医者。
 僕がですか?
 そうです。パンツを脱いで。
          脱いだらハイこれ。
    ぴいどろだった。
 下腹にあてて下さい。はい吹いて。
   ぽこぺん。
 もっと強く!
   ぽこぺん!
 がらがらがら。ピンポン玉がいっぱいとび出て、ざあざあかんかん、看護婦が開けたドアから転がり出た。廊下から階段へ、まっしろい玉の雪崩れるひびきがからからと遠くなって、やがて、消えた。──そのおもちゃは持って帰ってください。おだいじに。

 外に出ると遠くでチャルメラ吹いていた。

 ひとつぶ泣いた。吹いた。ぽこぺん。