500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第20回:タカスギシンタロ選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

[優秀作品]あるこどものおはなし 作者:まつじ

 こどもたちは迷っていた。
 道はいくつにも枝分かれしていて、どこへ辿り着くのかまるでわからない。
 雑木林の中をのびるたくさんの道のうちのひとつを、こどもたちは思い思いに選んで進んだ。
 けれど、こどもたちは迷っていた。
 この道でいいんだろうか。

 ひとりのこどもが途中で、大きな扉に出くわした。
 道の上に、扉だけしかない。
 おそるおそる扉をひらくとそこは、がらくたばかりがまとまりなく散らばっている白い部屋になっていた。
 こどもはそこが気に入ったようで、がらくたを適当に組み立てたりして遊びはじめたのだが、やっと出来上がったのはやっぱりがらくたで、何か違うな、と、せっかく作ったのを壊して、また新しいのを作りはじめる。
 作っている途中で、組み立てたがらくたがバランスを崩して倒れた。
 それでもこどもは最後まで作ったが、結局気に入らなくて自分で全部壊して、もう一度作り直そうとすると、今度もがらくたは途中で崩れて、形になりそうになっては崩れた。
何度も何度もうまくいかなくて、こどもはがらくたを壊しながら暴れた。
 少し、時間が止まったように動かなくなる。
 そうやって、飛び散ったがらくたをしばらく眺めていた。
 それから、こどもはまた静かにがらくたを拾いあつめて、壊しては組み立てて、組み立てては壊している。



ちゃぷちゃぷ 作者:根多加良

「今日も冷たい」
 川原に寝転んでいる彼は呟く。そして手を伸ばして、私のことをなでる。
「そうね」
 私は震える。彼の細い指の間を通る水の粒子がくすぐったい。彼に触られているという恥ずかしさから、私はその手を払いのけようとする。でも彼の手は深く私の中に入り込んでいるから、逆に彼を飲み込もうとする力に変わってしまう。その震えが彼の手に届いて、彼は気まずそうに手をひっこめる。ざばんと水面から上がる、その指に残った雫が私の中に落ちると、わがままな私の心は心細くなる。でも彼は優しく微笑むと、服を脱いだ。
「入るよ」
 私の中に足元から静かに入っていく、水に触れてさらに熱を発する彼の体に触れるたびに、その温度差の快感に私は喘ぐ。彼も同じように冷たい私の中で丸まり、回転し、枯葉のように流されていく。
 彼は私の中で目と口を開けて、少しだけ飲んだ。私は震える。私は彼を傷つけないようにそっと川底を歪ませる。その窪みに腰を落とし、私と彼は遊び続ける。
 しばらくすると彼は私から出て、暖かな日差しの中で横になる。すぐに眠りについた彼の横顔を見ながら私は流れていく。そして彼が目覚めたら、また遊ぶ。繰り返す。
 私はただの河川かもしれないけど、彼と一緒になることができる。それが嬉しい。



ロング・ウェイ・ホーム 作者:はやみかつとし

 種がはずんで転がって歌いながら先を急ぐのでついて行くと、そこは新緑の若木が整然と立ち並ぶ広大な苗木林の入口で。
 ——でも、ここはぼくんちじゃないんだな。
 ——そうなの?
 また転がり出した種を追って、ラララ私もスキップ。



時を司るもの 作者:きき

朝を呼ぶもの、夜を招くもの。引き合う手を上手に緩めながら、時は進んでいく。
そのふたりが、真剣な顔だったり、ちょっと悪戯な笑いを浮かべていたり。
想像してごらんよ。
静かな面持ちに、口元を少しほころばせているもの。
伏し目勝ちな表情にも、どこか凛とした美しさが漂うもの。
そんなものたちが司る一日はしあわせだ。