500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第112回:告白


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 告白1 作者:琴夜

 友人が家に来た。「ケーキ食べない?」彼女の趣味はお菓子作り。私は頷いた。出てきたのはチョコレートケーキだった。少し苦手なのだけれど、食べない理由にはならない。口の中でほろほろと崩れていくそれは、ほんのりと苦い。
「今まで相談に乗ってくれたお礼」
 それとは反対に甘く微笑む彼女は、今日、想い人に自分の気持ちを伝えるらしい。精一杯おしゃれしてきたのがわかる。これからその彼の家を訪ねるのだ。何てひどい。私も彼女に告白をしたい。何故自分は女なんだろう。
 苦い口の中をごまかそうにも、ごまかせない。いっそのこと言ってしまおうか。けれど涙にぬれる彼女を想像してしまい、やめた。こっちが泣きそうだ。
「あのね、」
「ん?」私は瞬時につくった「友人の顔」をあげて、彼女を見た。
 彼女は丁寧に塗られたグロスの唇をゆっくりと動かす。フォークが私の手から滑り落ちる。皿の上で跳ねて、甲高い音が響く。けれどそんなことはどうでもいい。たった今、私好みの声で愛を囁く唇を手に入れたので——。



 告白2 作者:伝助

「ぼくの方が、もっとずっと前から好きだ」
 隣のクラスの女の子からの愛の告白を受けとめようとすると、突然、そのラブレターを握りしめた拳で頬を殴られて、ぼくは夢から覚めた。「ふぐむう」 ズキズキと痛む頬に手を当てて布団から起きあがる。
 そこには見覚えのない野球のボールと床に散ったガラス片が月の光に輝いていた。
 割られたガラス窓に注意しながら外を覗くと、家の前の坂道を全力で逃げ去っていく後ろ姿が見える。「また、あいつか!」 これで、何度目?
 翌日、ぼくは思いきって隣のクラスの女の子に話しかけてみた。「あの、聞きたいんだけど」 無視された。
 すみません。あそこでグローブを磨いている女の子の住所を教えてください。

 夜。私は酔っぱらって暴れる父が帰ってくるのを避けて、家を出る。今日も、あの人に想いを告げようと白球を掴むと、いつもより早く帰宅した父が部屋に入ってきて、「母さんに、心配させるな」 と拳を上げた。その時、「ふぐむう」 と窓ガラスを割って飛びこんできた見覚えのある白球が、父の頬に鉄槌を喰らわせたのだ。
 窓の外を見た。
 慌てて逃げていく人影が見えて、私は拾いあげた球を強く握りしめた。



 告白3 作者:瀬川潮♭

「実は私、前からアナタのことが……」
 クラスメイトの3年2組の机は最前列と最後列な離れっぷりの両お下げの小学生時代はお互い顔も知らない関係の女子からそう言われた時、俺の脳内で名探偵が「さて、お集まりの皆さん」と言った。
「実はこの事件、古い古い昔からの因縁なのです」
 名探偵は阻止できなかった悲劇を悼みつつ随分使い込んだ様子の白木のパイプをくわえるでもなく手放すでもなく初めての女性とキスするかのようにためらいと思い切りをくりかえしつつ周囲の反応を待っていた。そう、まるで冷蔵庫に一つ残っていたプリンを無断で食べて妻に睨まれている旦那のように。
「実はこれは運命なんだよ」
 だって運命プリン体っていうだろ? と妻に言い訳する旦那は必死に霊能力を働かせ妻の前世が猫で自分の前世が兎であることを話し、妻が本当に欲していたのはプリンではなくプリンを無断で食べてしまった私なのだと言い聞かせる。
「実は私、アナタのバニラエッセンスのような香りが好きなのよ」
 妻はそう言ってキスをしてきた。脳内の名探偵は証明を終えた満足そうな笑みで背を見せ立ち去る。
 もちろん、全て秘密よと両お下げの女子のキラキラ輝く瞳が言っていた。



 告白4 作者:脳内亭

 渾身こめた砲丸は、風船になり、空へと消えた。
 まもなく来る土砂降りを待つ。



 告白5 作者:水池亘

 電源を入れると、画面に明かりが灯る。映るのは空撮映像。音はない。無残に崩れたビルの群れ。グラウンドに大きく描かれたSOSの文字。火山からどろりと流れゆくマグマ。こちらを見上げて何ごとかを叫んでいる、芥子粒ほどの人間たち。音はない。映像はゆっくりと移動しながら、地上を静かに淡々と映し続けている。
 やがて映像はある場所で静止する。そこには半径100メートルほどの巨大な穴がある。音はない。内部は黒に染まっていて、どのくらいの深さなのかも判別が付かない。映像は徐々に穴へ近づき、そのまま内部へと進入する。闇が全面を包む。音はない。永い時間が経過し、画面の中央に一点、青白い光が現れる。それはだんだんと大きくなり、ある形を取り始める。女性。それは女の形をした、発行する物体だ。それはこちらを見て微笑む。微笑んだように見える。そして唇を動かし、重大な秘密をうち明かすかのように、一言、何ごとかを囁く。音はない。



 告白6 作者:オギ

 よくある類のジンクスで、おそらくは売店の陰謀である。しかし場所が君とよく会うこの公園であるのは、天啓に思えた。
 やるべきことはただ一つ、鯉の調教である。
 敢えて売店の餌は使わない。池にいるすべての個体に名前をつけ、遊泳の速度と癖を覚える。趣味のふりをして連日通って、最近ようやく手応えを覚えた。
 もはや日課となった餌やりを、いつものように散歩にきた君と、観光客らしき人たちが、興味深そうに眺めている。もうすこし、もうすこし。図形を頭に思い描き、麩の量と投げ込む場所を変えながら誘導する。
 あとすこし。
「あ」
 向こう岸にいた人が、ばらりとなにかを投げこんた。目指す形にまとまりかけていた魚影が崩れて割れる。あの食いつきのよさ、売店の餌だ。
 立ち尽くす僕の手から麩をとりあげると、君はちいさくちぎった。
「好き?」
 跳ね上がる心臓の勢いのまま君を見る。
「鯉」
「あ、う、うん」
 それは正しい。それも正しい。
「わたしも好き」
 君が投げた麩を、白地に赤いハート模様のいかにも女の子が好みそうな、験がよさそうなので僕もお気に入りの鯉が、ぱくりとくわえて消えていった。
 わぁ、と嬉しそうに声をあげ、君は僕を見る。
 ん? あれ?



 告白7 作者:不狼児

 教えていいものかどうか、迷う。
 もう春は来ない。
 凍りついた地面の上で照り返す陽の光が強烈なのは、今日が夏至だからだ。
 子どもたちは残念がるだろう。氷原が解ける間もなく秋が訪れると、太陽は分厚い雲の向こうで黒ずみ、昼間は僅かな薄暗がりの数時間に押し込められ、やがて暗闇に沈む。息を潜めて陽射しを恋焦がれているうちに、春がどんな季節だったのか、想い描くこともなくなった。
 春は、来ない。
 最後の春の訪れからいったい幾つ年を重ねたろうか。数える気力も失せた。
 死にゆく世界の長い末期の溜息は春の思い出と共に消えてゆく。
 子どもたちはもういない。
 私はひとりだ。



 告白8 作者:氷砂糖

 本当のことはそっと小瓶に入れる。金平糖のようなそれは、ときどき取り出して舐めるけれど、甘い香りでひどく苦い。嘘を着飾る舞踏会。踊って喋って笑顔のままに帰宅、ドレスも顔も脱ぎ捨てて、独り本当のことを小瓶にまた一粒。普段はベッドの下に隠している。
 ママからお嫁にいきなさいって言われました。相手はよく知らない人なんだけど、あっというまに準備はできて、白い嘘を纏ってお嫁入り。小瓶を荷物に加えていたら、なにその小汚い瓶、とママ。置いていきなさいと言うのを聞かず、小瓶を抱いて馬車に乗る。今夜からは大きなお屋敷がお家。主人は人が良さそう。笑顔。夜になり一つのベッドにいる。
「あなたといると楽しい」
 主人はそう言って目を閉じた。寝息。小瓶を眺め、枕の後ろに隠す。暗闇に目を閉じる。安堵。寝息。
 朝、召使いが紅茶とスコーンを持ってきて目が覚める。並んで食べる。枕がずれていて、主人が小瓶を見つけ、開け、ためらいもせず口に一粒。
「本当のこと、知りたいからちゃんと言って」
 主人にぐっと抱き寄せられ、もう増えない金平糖と、食べかけのスコーンと、紅茶がこぼれ散らばって、差し込む光も優しくって。全部、嘘ならいいのに。



 告白9 作者:空虹桜

 僕は人間です。



 告白10 作者:たなかなつみ

 草をひく。錆びた鎌の先で土を掘り起こし、はびこる根っこを引き抜く。たまった枯葉をかき集め、まとめてごみ袋へと投げ入れていく。草をひきながら墓の周りを回る。
 墓石を洗う。桶に汲んできた水を流し、花筒のなかの濁った水を捨ててゆすぐ。線香立てのなかに残っている燃え残りを掻きだし、水で洗う。墓石にこびりついた汚れは指先で丁寧に擦る。天辺から水をかぶせ、ぴかぴかに磨き上げる。
 色とりどりの花を生ける。飾り立てる。そして、線香をさす。白い煙が流れていく。
 墓碑にはあなたの名前と戒名が彫ってある。その隣には赤字でわたしの名前。
 墓石の前にしゃがみ手をあわせる。そして大きく息を吐き、あなたに秘め事を告げる。
 一日一分一秒でも早くあなたが逝くように、生前の料理に日々手を尽くしました。調味料を吟味し、油に気をつかい。あなたの身体が一秒でも早く蝕まれてしまうように。
 法が裁かない罪。あなたが疑うことすらなかった罪。料理上手な妻。あなたへの呪い。
 わたしへの罰はあなたへの誓い。一日一分一秒でも生き長らえて、あなたを弔い続けます。生涯をあなたの寡婦として捧げます。



 告白11 作者:紫咲

「別れよう」離婚を切りだすと、妻は視線を私からテーブルの角に移動させた。脚の細いアールデコの机は二人で選んだものだ。濃厚な静けさのなか、私の鼻がゆっくりと呼吸をした。「わかったわ」妻が意思的な平坦さで、言って、それから離婚について事務的な手続きをまとめた。
 市役所の自動ドアを出てから、我々は向きあい、通行人の邪魔にならないように手を振りあった。裏手の駐車場に向かいながら電話を掛けた。「俺だ。今何してる」「プール」「今から行く」会話をしながら振り返ると、元妻が迎えに来た誰かの車に乗るところだった。ドアを押し開けた腕と手の形から、男だと思った。年齢までは推測できない。「ねえ、聞いてるの?あなたのために法律を勉強したのよ。どう、あたし偉くない」「偉い」
 光の射しこむプールで騒ぎ、丁寧な夕食で腹ごしらえし、しっかりと寝た。それから私は、街の行く恋人を、風景と同じように鑑賞するようになった。



 告白12 作者:つとむュー

「お前の事が好きだ」と、はにかみながら俺を見つめる吾朗の唇には髭が黒々と光っている。こいつは髪質が硬そうだから、きっと髭も硬くて痛いに違いない、って俺は何を考えてるんだよ、こいつとキスするわけでもないのに。「どうしてもダメか?」「ああ」「理由を聞かせてくれよ」と迫る吾朗。でもやっぱり俺は、吾朗の髭が気になってしまう。俺の髭も吾朗と同じくとても硬い。しかも、先端の枝毛がカールしているのだ。「やっぱりお前は純一郎のことが好きなんだな」「ゴメン吾朗」「そうだよな、あいつはイケメンだもんな」。違うんだよ吾朗、純一郎は髭がすごく柔らかいんだ。キスすると、俺たちの髭は気持ちよくくっつくんだよ。そう、それはマジックテープのように。ぴたっ、べりッ、ぴたっ、べりッ。純一郎とのキスは極上の感触なんだから。「じゃあこれを最後にするから!」「何をするんだ吾朗、うっ……」。吾朗が強引に俺の唇を奪うと、お互いの髭が強く絡み合った。そしてべりべりべりッって、なんだよ、この心が吸い取られるような感触は。今まで味わったことがない快感。「やっぱりお前を忘れられない」「吾朗……」。そして俺たちは熱く見つめ合った。



 告白13 作者:砂場

 はい、ごめんなさい。まだ書けていません。……ああ、そうですね、謝っても仕方がないですよね。締め切りは、はい、覚えています、二〇一二年、三月二十日、春分の日です。……はい、そうです。私はまだ書けていないのです。



 告白14 作者:石津加保留

 久しぶりに浮かれた二人連れが、バスを降りた。君は煙草を取り出して、様子見の一服。彼らもこの街路に据えられた灰皿付きのゴミ箱で、蠅の集る食い物を漁る薄汚い輩を小馬鹿にするような煙を吐き出している。
 近くの駅の二階に昇るエスカレーターに歩を進め、縦に並んで呆とする彼らの間に君が割り込む。前の彼は鞄を後ろに襷掛けている。後ろの奴は露骨な君の割り込みに、気分を害した様子を見せてはいるが、文句は言わないでいる。先にチラと確認した大事そうなソレは、上物である。
 右手でゆっくりジッパーを滑らせる。案の定、気付かない様子。スルリと抜き出し腹に隠すと左肘で大袈裟な合図を送る君。
 始終窺っていた僕は、エスカレーターの下方から空いているところを縫うようにして昇る。君の後ろの奴に肩をぶつけ、そして君、彼にもぶつかりながら、誰にも看取られぬようソレを受け取った。さりげなくポケットに納めヨロけたふりで、何度も悪気無い詫びを入れてから先を急いだ。
 いつもの合流地点へ向かう途中、煙草を取り出し、ライターで幾度か火花を散らしてみたが、火は点らなかった。
 この暮らしはいつまで続けられるだろうか。とりあえず今は、君と朝飯が喰えるのを幸せに思うしかない。



 告白15 作者:山仙

対処の遅れが百万人、千万人の犠牲を生むんだ。がむしゃらに動くしかないだろう。結果が間違いであったとしても、恐れては何もできん。

私の一言が百万人、千万人の命に関わるのです。フリーズしてしまいました。そんな知識か度胸があれば、こんなムラでくすんでいません。

ああすれば良かった、こうすれば良かった。後出しジャンケンばかりで、気分が悪い。

ずっと反対だった。でも長いものには巻かれないと……。その意味では僕も加害者なんだろうなあ。

反省? どうしてわたしだけが。

誰がやっても同じ、と言う結論だけは認められません。誇り高き日本に、そんな糞システムが存在する筈がない……ない筈だ。

「あんたたち全員の責任でしょ」と思いました。

千万人以上の生活を脅かしつつあるのです。何らかの貢献をしたいと思いました。でも、それをしたら、本業で世界の趨勢から遅れてしまいます。

昔の学生なら、本業を捨てて福島に走っていただろう。でも、今回動いた学者の多くは年長者なんだ。若手育成予算なんか無くしてしまえばいい。

本当は学校に行かせるのは変だと思ったんです。でも皆が行くから。

そりゃ買いだめしたさ。文句なんか言わせない。



 告白16 作者:葉原あきよ

 あの日、両親は親戚の法事に出かけ、私は一人で留守番していました。よく晴れていて、外に遊びに行けないのが残念でした。
 自分の部屋にいると台所の方から音が聞こえてきました。両親が帰ってきたのだと思って見に行くと、知らない女の人がいました。
「誰? どこから入ったの?」
 玄関には鍵がかかっていたはずです。女の人は私を振り返り、にっこり笑って食卓にお皿を置きました。
「ちょうど良かった、今呼びに行こうと思ってたの」
 私の質問には答えてくれません。お皿にはふんわりとしたオムレツが載っています。
 女の人は私に食べるように促します。
「嫌。いらない」
「さあ、召し上がれ」
 私が何度断っても女の人は聞き入れてくれません。笑顔でしたが、それが逆に怖かったのを覚えています。私はどうにもできず、恐る恐るオムレツを食べました。
 その後の記憶は曖昧です。両親が帰宅したとき、私は食卓で寝ていました。お皿は綺麗に片付けられ、女の人もいませんでした。
 母に謝りたかったのはこのことです。あのオムレツは母が作ってくれるものよりもずっとずっとおいしかったのです。



 告白17 作者:よもぎ

明け方のどこかで猫が鳴いている。父はまだ帰ってこない。この世は不協和音に満ちている。そう打ち明けて家を飛び出した。どこかで猫が鳴いている。母はまだ眠っている。しばらくすると飛び起きて、今朝のみそ汁は昨日の残り、とばらすだろう。どこかで猫が鳴いている。僕はベランダに立っている。手すりをにぎりしめて、いつでも飛べる、と息を吐く。誰の声も届かない朝、猫は思いを遂げるだろう。



 告白18 作者:ちょめ

 中学に入るまで、異性に想いを伝えることだけを意味すると思っていました。



 告白19 作者:koro

 彼女は戸惑いながら白いブラウスを後ろ姿のまま、ゆっくりと脱いだ。透き通るような白い肩が見えたかと思えば、そこからヒラリと桜の花びらが舞い落ちる。僕がそれを拾いあげたと同時に、彼女はブラウスを床に落とした。彼女の背中には、それがびっしりとあった。桜の花びらだと思ったものは、薄い桃色の鱗だったのだ。ケホリと彼女が咳をした途端に、小魚が二、三匹ほど口元から飛び出すのが見えた。僕は驚きを隠せずにいたが、うつむく彼女がやはり美しくて、後ろからそっと抱きしめた。ヌルッとした身体からは微かに海の香りがした。けれど、そんなことはどうでも良かった。彼女は何かを言おうとしたが、僕が彼女の頭の後ろにあるエラを見つけそれにキスをしたら、すべてをあきらめたかのようにしゃがみこんだ。唇を奪うと、彼女はそっと離して首を振る。彼女が恥ずかしそうに開けた口の中には銀色の針が光って見えた。語ることができなくなってしまった彼女からこぼれ落ちる言葉にならない言葉が愛おしい。彼女の口に僕はそっと耳を押しあてた。聞こえるはずのない想いを探すために。



 告白20 作者:はやみかつとし

 秘密の規則で組み換えられた文字列を折り畳んで、一定時間経過後に自動展開するよう仕掛ける。祈りを込めて引き金を引く。目を開いたとき世界が決壊していなければ、それが待ち望んだ返事。



 告白21 作者:峯岸

 誰からも愛されています。どうしても愛されてしまう。天は僕を祝福してくれます。だから何をしても許されます。僕は恵まれているんです。その証拠に――花が落ちる。
 僕が振り向く時、何か思いつく時、手を伸ばす時、屈む時、忘れる時、躓く時、聞く時、眠る時、首を傾げる時、喜ぶ時、起きる時、見る時、歩く時、悩む時、止まる時、同時に世界のどこかで爆音が過たず鳴り響きます。そして花が一輪ずつ落ちてゆきます。
 何を殴っても許されます。どんなに怒っても許されます。無視しても許されます。どこを傷付けても、話をしないでも、言葉が出なくても、慣れていなくても、馬鹿にしても、無視されても、殴られても、忘れられても、哀しんでも、馬鹿にされても、苦しんでも、恍惚に耽っても、幾ら耽っても、何もしなくても許されます。許されるたび爆音はどこにいようと確実に届き、花はゆっくり舞い落ちるのです。
 明日もし地が花で敷き詰められ、世界の両耳が潰れていたら、それはきっと僕のせいかも知れません。



 告白22 作者:奇数

聴罪師の私の元へ今日も懺悔しに来た者がいた。男は冷静さを装いつつも隠し切れない興奮が自ずとこちらに伝わる話し方で語り始めた。「牧師様。今、私は人を殺めて来ました。私がその人を殺めた理由を聞いて頂きたいのです。私が殺めた女は雪乃森彩子と言います。その女はある男の女房で私はその女と不倫関係にあったのです。しかし不倫と申しましてもただの火遊びではなく本当にお互いがお互いをを愛していたのです。そしてその女と将来を誓いました。女は夫と離婚すると申したのです。それからしばらくして女が工面に困っているとの事で私は二千万ほど女に渡しました。それからしばらくして会うと離婚の件もうやむやになり金も使い込んで返せないと申してきました。その時悟ったのです。金目的だったんだと。金を使い込まれた事よりも私を裏切った事が許せなかったのです」牧師はこの話を聞きながら号泣した。牧師の名前は雪乃森雄太。殺されたのは妻だったのだ。しかし。この涙は嬉し涙であった。博打に溺れ家族を顧みない妻が疎ましくて仕方がなかったのだ。殺してくれてありがとう!牧師は心底感謝した。



 告白23 作者:松浦上総

 寒かったから火をつけた。なんていうと大人たちは怒るのだろうけど、僕と姉さんは寒かったのだ。
 母さんに、しばらく外に出ているようにと言われて、僕と姉さんは寒空の下に放り出された。火曜日の夜はいつもそうだ。母さんのBFが遊びに来る日だから。仕方なく僕たちは、通っている中学校の体育館に忍び込んだ。
 けど寒い。風のある外よりかはマシだけど。僕と姉さんは、高い窓から入る月明かりだけを頼りに、身を寄せ合って寒さに耐えた。
「ねえ、こわい話してあげようか?」
 唐突に姉さんが言った。僕は寒さが紛れるなら何でもいいと思い頷いた。
「姉さんね、人を殺したことがあるの」
 うそだぁ、と反射的に言った僕の手をつかんで、姉さんは体育教官室に歩いていく。そこには、N先生が頭から血を流して倒れていた。
「お小遣いくれるっていうから、最初は我慢してたんだけど……」
 僕は泣き出した姉さんを笑い飛ばした。
「姉さん、何言ってんの。これは、ただの野良猫じゃないか」
 僕は、野良猫の死体に、紙くずや外したカーテンをかけて、近くにあった石油ストーブに火をつけ上から横倒しにした。理由は単純。寒かったからだ。鼻を突く異臭がしたけど、すぐに暖かくなってきた。体も温まったから、そろそろ帰ろう。でも、その前に。
 僕と姉さんは、火曜日の夜にだけ許されている口づけを交わした。火曜日の夜にだけ、僕たちは魔法が使える。人を猫に変えることだってできるんだ。



 告白24 作者:渋江照彦

「雨が降って来ましたね……」
 僕はチカコさんに向ってそう言いながら、ビニル傘を開いた。
 辺りに広がるのは田園だ。
 長閑な農村の風景。
 その中を僕とチカコさんはかれこれ一時間ばかりも歩いている。
 チカコさんはさっきから何も言わない。
 体調が悪いのか、顔が青ざめている。
「チカコさん、大丈夫ですか?」
 左手で傘の取っ手を持ち、右手はジャケットのポケットに突っこんだままで僕は訊ねた。
 途端にチカコさんはピタッと足を止めた。
 そしてこう告白した。
「貴男は一体誰なの?私は貴男の事なんて知らない!」
 その目には怯えの色が浮かんでいた。
 それだけで満足だった。
 僕はビニル傘をその場に放り出すと、ジャケットのポケットからナイフを取り出し、切先をチカコさんに向けた。
 そしてこう告白し返した。
「あっ、そう」



 告白25 作者:こころ

節電と書かれた自動ドアを開け先輩に続いてビルを出た。
夏のもあっとした蒸気が僕を迎える。
例年よりも設定温度が高めであるとはいえ、やはり中との温度差は大きい。

「話、通りますかね?」
「どうだろうな、向こうさんにとっていい話ともいえないからなあ」
「ですよね」
「まあ、契約すりゃこっちのもんだ」
「うわ先輩っ、悪い顔だあ」
「ビジネスですから」いかにもできる悪役といった感じの先輩の丁寧語は商談でのそれと同じ物だった。

 ロータリーには募金箱を持った学生が立ち並んでいる。
 同級生に負けじと「ご協力ください」と叫んでいる。

「え、募金するんですか?」
「なんだよ、悪いのかよ」
「いや、少しびっくりしただけです。すいません」
 
プラットホームでも「ご協力ください」は聞こえた。元気だな。
「時々な…」
「え?」
「時々ああいう事をしないと自分が良い人間なのか悪い人間なのか解らなくなるんだ。というか不安になるんだ」
「え、ああ募金ですか」
「ああ、募金したり年寄りに席ゆずったりな。いつも手ごろな良い事を探してる」
「あ、そうなんですか」
「引いたか?」犬山先輩に苦笑いは似合わない。
「いえいえいえ」寧ろ前より好きになりました、心の中で呟く。



 告白26 作者:まつじ

 私は実はどうしようもない善人なのです。
 と言ったのに誰も信じちゃくれない。
 ただただ、孤独になる。



 告白27 作者:青山藍明

ずっと、きみのことが好きだったんだ。卒業式に交わされるであろう言葉も僕は聞くことができない。せいぜい赤いテントウムシの背中をかりて、想いをよせていた彼女の周りを飛ぶぐらいしかできない。悲しくてやるせないけど、これが僕の精一杯。あの日の波、あのひの揺れは今でも忘れず、みんなの心に残っているけれど、僕はいつまでここにいられるんだろう。もしかしてきみは、二組にいる浩介のことが好きだったのかな。だって、さっきからあいつの方をみてもじもじしているじゃないか。なんだ、はじめから、叶わない恋だったんだなあ。じゃあ思い残すことはないや。さっきから「こっちへ来い、こっちへ来い」ってばあちゃんが呼んでいる。わかったよ、と僕はうるさそうに返事をして、滲んだ涙を制服の袖でそっとぬぐった。