投網観光開発1
妙に虫がいると思ったら網戸の目が粗かった。
「投網を使ってますから」
旅館の受付に文句を言うとさも当然という感じ。
むしゃくしゃするので温泉に漬かると、足下にごろりと違和感が。
「投網ですけけえ、許してやってつかぁさい」
隣の小浴槽を酒風呂にしていた従業員がにこにこ言う。
心の引っ掛かりとともに出る。広間で誰かが卓球をしていた。
ネットの目が粗い。聞かずとも分かる。投網だ。
それからはどこに出掛けてもそんな感じ。バスを覆っていたり学校のフェンスだったり子どもの持ってる虫取り網だったりテニスのラケットだったり陸上自衛隊の車両だったり……。
「これは標準装備です」
怒られてしまった。
「とにかくおかしな所だったよ」
帰って友人相手に旅行話。なにが魅力で観光客数が伸びているのか分からない。
友人は落ち着いて返してきた。
「少なくとも、君がもう絡め取られているのは分かったよ」
「え?」
「服の裾に『岩』がついてるし、ほら」
私の上着にいつの間にかついていた錘を指さした後、背後を振り返る。
歩いた雨上がりの公園には、友人の足跡。
私の足跡は何かを引きずった跡で消されていた。
投網観光開発2
リソースが潤沢となった現在においては、一つの星系全体を万遍なく調査するだけの数の観測ポッドを一斉に射出して配置することが可能になったので、惑星資源探索の効率は飛躍的に向上した。ただ反面、ポッドの密集配置によって調査対象にいわば「瑕」を及ぼすといった悪影響も生じていて、極端なものでは惑星内部の熱反応を励起して大規模な火山活動を誘発した例もある。こうなると植民や資源採掘は当面諦めざるを得ないが、物好きもいるもので、抛物線状に噴き上げる火山を間近で見ようという民間の船舶が運航されて人気を博しているという。
投網観光開発3
草木も眠る丑三つ時。人口千人足らずの村に千人以上の観光客が押し寄せている。
彼らは人里離れた小高い丘へと移動した。そこには巨大な大砲のような設備があった。黒光りする筒の先は真っ直ぐ上を向いている。観光客は設備の周囲に集まり、星明かりの下、その時を待った。
「お集まりの皆さま、お待たせ致しました!」
スタッフが観光客に呼び掛ける。
「準備が整いましたので、カウントダウンをお願い致します!」
カウントダウンが始まった。そして《0》のカウントと同時、装置から丸いものが勢いよく射出された。それはしばらくして空中で爆発し、光り輝く巨大な網が花火のようにパッと展開された。観光客たちは歓声を上げ、拍手した。
網は落ちてくることなく空中に留まると、長く太いワイヤーを地上に垂らした。スタッフの指示と掛け声の下、観光客たちはそれを懸命に引き、網を手繰り寄せた。
網には穏やかな光を放つ星と大小様々なUFOが掛かっていた。星は観光客にプレゼントされ、UFOは新鮮なうちに国の研究機関に出荷された。
この投網装置のお陰で、村の観光開発だけではなく、国の宇宙航空開発も一役買っている。
投網観光開発4
景気低迷により観光需要が頭打ちの中、旅行者を一網打尽にしたいという思いを込め、元漁師の村山正雄は、投網観光開発株式会社(TOAMI)を立ち上げた。
TOAMIは従来の観光開発会社と異なり、およそレジャーや観光とかけ離れた山奥や寒村に宿泊施設を設ける。施設の質は都市部のホテルに引けを取らず、世界各国から一流のシェフ、食材、設備をそろえる。立地の不便さを補って余りある施設の豪華さなのだが、宿泊は基本的に無料である。TOAMIの施設利用者は顧客としては想定されておらず、顧客は漁師と呼ばれる、旅行者を網で捕らえる側である。美食・美酒に酔った宿泊客に向けて、漁師が20m四方の大きな網を投げかける。文字通り旅行者を一網打尽にすることができ、日ごろのストレスを解消することができるという。
宿泊者は自らが旅行中に投網にかかるリスクがあるという申込承諾書にサインをする必要があるが、宿泊者は「施設の豪華絢爛さにそのことを100%忘れてしまう」(村山社長)。しかし昨日、TOAMIの供する食材に物忘れを促進する違法食材が入っているのではないかと警察の捜査が入った。既存の方法にとらわれないことで収益を伸ばしてきたTOAMIであったが、法の網の目からは逃れられないことを自ら示したのは何とも皮肉な話というべきか。
投網観光開発5
丸太を使ってログハウスを模した看板には少し風変わりな書体が木目に馴染む様に書かれていた。
「見た?」
「見た!」
いつの間にか森の手前に立っていたそれはたちまち住人達の関心の的になった。
例に漏れずここも人口減少の波が押し寄せてどっぷりと浸かりきっていたから「もしかしたら何かもたらしてくれるかもしれない」という一縷の望みに縋りたかったのだ。
「何かな?」
「何だろ?」
「ホテル?」
「キャンプ場?」
「遊園地かもよ?」
「開発だよ、開発」
「きっと凄いよ」
「凄いよねぇきっと」
結構な話題にはなっていたがいつ迄経っても何の情報ももたらされることは無かった。けれど確かめる術など幾らでもある筈なのに何故か誰もそうしようとはしなかった。
「きっと観光客がいっぱい来るね」
「来るよ」
「人出足りなくなるね」
「みんな帰って来るよ」
「他所からだって来るよ」
「増えるね、人」
「増える増える」
「祭ができる」
「祭!」
「できるねぇ」
「できるよぉ」
今もまだ立看板はある。朽ちるどころか褪せることも無く森の中に佇んでいる。風変わりな書体の上では木洩れ陽が踊っていた。
投網観光開発6
「この壁画が何を描いたものであるかについては、諸説あります。が、おそらくは投網をおこなっている図であるというのが、現在の最も有力な説となっています」
「投網、ですか」
「ごらんください。左下から右上に向かって、亀甲のような模様がいくつも繋がって伸びています。その上には大きな竜の絵が描かれている。当時、海に生息していた竜を網で捕獲する様子が描かれたものだと考えられます」
「網で竜が獲れますか」
「この地に伝わる格言はご存知でしょう。《竜には竜を投げよ》。竜はその肉だけでなく、骨や鱗に至るまで重要な資源であったようです。まさにその骨や鱗などを用いて拵えられた網は、捕獲の際の抵抗にも耐える丈夫さと軽さを兼ね備えていたのです。これを最新技術によって再現します。そして竜投網漁を復活させ、観光客を呼び込もうというわけです」
「それで、お話というのは」
「網を再現できても、それを操れる人材と、何より肝心の竜がいなければ話になりません。現在、この地に竜は生息していませんから。
……失礼ですが、ご結婚されているとのことで。奥様、いらっしゃいますね」
「ええ。妻が何か」
「竜なんでしょう?」
投網観光開発7
新鮮な海の幸と天然温泉を観光資源にするのはよいとして、ひとが来ないことには仕方がない。のだからつまり得意の網で、攫っちまえばいいよねそうだね。で、漬け込んでのち放逐する。よくよくの世話は竜宮を模範とし比較的軽度の中毒依存に達すれば、快楽の好きな動物だからあとは何のことはない。ひとはひとを呼ぶすなわち欲が欲を呼ぶ金が金を呼ぶ。
あいつらは阿呆だねと魚たちは嘲るが、投網を掻い潜る快感に克てず身を滅ぼすものも多い。傍ら、網地案内の魚は割に豪奢な生活を送っている。
生きるって、すてきだね。
投網観光開発8
朝礼を永遠に振興する一族郎党。
投射性網膜観照光学式開悟発心によって、意味を旅する。同じ軌跡を行きつ戻りつ。しかし行き着くところは時には異なり、戻るところは同じ。
たとえば野獣な口調の英国人の世界観。
意味は波であり粒でもあるから単語の文字それぞれのあいだを同時に通過するように。あるいは掌を広げて泥をくぐらせ、指に付いた泥を読む要領で。
相手にされず対立もせず性的魅力も無い理性的な論点。
それなのに、空気だけで即答されると是非もなく色っぽかったり。
けれども色っぽく即答されると是非もなく空しかったり。
単語を組成する文字のひとつひとつが建物のように見える視野で、あの路地にもこの路地にも踏み込んで、抜ければそこが広々として一箇所ならば、正しい式次第によって名実ともに称えられる。そしてここから後じさり路地を逆に抜ければ、そこは「正式名称」という略称。
ひとつの略称から辿り着く正式名称は自在。聖なる徳目によって太る子供。柳とした生き方の十人の兵士に衛られていてさえも。
投網観光開発から旅立ち、投げやりに網にかかって観念し、光明無く開き直って発奮し、気がつけば投網観光開発に帰っている。
帰り着けばそこがエルドラド。
みやげはエメラルドとルビーがドラゴンの体内で癒合したラズベリー色のドリル。
投網観光開発9
銀河観光庁に異変の知らせが来た。ウ29M78さ40区内の無人観測ブイからの、未確認飛翔体が接近してきたとの通知だった。
網目状に築いてきたそのエリアは、宇宙桜の植林空域だった。観光開発の枢要域なので、早期に排除に向かわねばならぬ。駆除隊が組織され高速帆船で現場に急行した。
「これは」
隊員全員が息をのんだ。前世期に絶滅したと思われていた星間鯨だった。白銀に輝く鯨の全身がモニターに映ったとき、真空を突き抜けて高らかな歌声がきこえてきた。
投網観光開発10
美しい光の、永遠から言霊に至る夢の、溜まりになった風の、流離う祈りの舞いは、仮初めの迂回を許す。一つと多の違いに、目眩く時を流し、俯瞰された想いを敷衍すれば、当に編みに組まれた舞いに疲睡する。投函された願いの感興が、膨よかな波の只中を明示し、辿るべき愛の色を占う。
あわいゆめ
たどるためいき
いのりとう
かわすむつみに
つむぐおもいは
東遷の叶いに、夢は時を紡ぐ。知らずの意味は、知ることの舞いを想起させ、逆順の正しき祈りの型を醸す。淡い恭順の玉響が、永遠へと飛翔する。感興に溢れる、美しい記憶が光の紋章となるのか。擦れ違いに同調の波動は、時空を泡立たせ、尚、光を観ずる内へ案ずる。
投網観光開発11
当地の資源は比喩に限られるとはいえ無尽蔵であり空間と見紛う程に広がれば光も擬態することが知られている。振る舞いの片鱗がかかるようになれば網の目配りが自ずと手配される見込である。
しかしながらターゲットはどうしたって像を結んでしまう層である。当初は覚醒時を避け暁の催行のみとする。
投網観光開発12
穏やかな風が、沙漠に波のような紋を描くと、少年は、それまで立っていた丘をくだった。
沙鮫のテリトリに踏み入れる、ぎりぎり淵に立つことが少年にはできる。
背負っていた縄を地面へおろすと、少年は20mほどある縄を丹念に広げた。縄の一方には明滅する機械が、もう一方には握り手だろう輪が付けられている。
少年は、軽やかに上半身で円を描き、ストレッチをはじめる。誰もいない沙漠で。沙鮫以外誰もいない。
また風が吹き、一瞬細めた少年の目が、沙紋の中に沙鮫の背鰭を認める。
辛うじて縄が届く距離。
一瞬で判断した少年の肉体は、頭上で数度回してから縄を背鰭へと投げ放つ。明滅する機械からビームが拡散し、沙鮫を包むように広がる。
刹那。
沙鮫は沙漠へと沈み、沙漠の王と言わんばかりに飛び跳ねた。見とれてしまった少年は、しばらく手応えに気づかなかった。
遠ざかる沙鮫に気をつけつつ、少年が縄を引きあげると、凜とした微笑みをたたえた少女が、ビームに包まれていた。
「お願い。海を還して」
「・・・わかってた」
50年後、沙漠を海へ還した少年と少女は、こうして出会った。
投網観光開発13
三名の老人が、俺の前の丈高い草むらに、ひそんでいる。息の音もしない。頭から尻まで隠している。黒い沼には、この地方でウホと呼ぶやつらが、無表情に浮かんでいる。日没が近い。黄昏だ。彼らは、ねぐらの月の裏側に飛び立つ。その一瞬を捕獲する。道具は超合金製の投げ網のみ。古式ゆかしき方法だ。「町おこし」に使えないか。新米の観光開発課の俺。ない知恵をしぼった。現役のウホの猟師は、何人も残っていない。ようやく探しだした。骨と皮のような高齢者。三つ子のようにそっくり。自分でも体験することにした。猟に参加した。金属音がする。上空を、ウホの影が通過する。必ず正三角形の編隊を組む。理由は、わかっていない。網を投じた。だめだ。ウホが高所を飛んでいる。網だけが落ちてきた。しかし、まだ機会はある。老人たちは、また影になった。気配がしない。ウソが飛んだ。投げ網が舞う。やった。一匹が、かかった。超合金製の網から、つかみだした。丸い銀色の円盤だ。ウホとはUFO。空飛ぶ円盤のこと。カレーの皿ぐらいしかない。この大きさのものは、全国でも珍しいそうだ。あんた。これを「町おこし」になさるって。老猟師たちの三つの口が笑った。
投網観光開発14
ぼくの町には大きな湖があって、湖岸には高級旅館が建ち並んでいる。湖には怪獣が住んでいるという噂があって、その怪獣をひと目見ようと、観光客が押し寄せてくる。おかげで町は潤い、ぼくも仕事にありつくことができ、生きていける。
その湖の水が引き始めた。このところの少雨のせいだ。水位が低くなるとばれてしまう。湖に住んでいる怪獣は、ぼくたちが小学生のときに仕込んだからくりだということが。
ぼくたちは夜な夜な同窓会を開き、投網を開始する。ぼくたちが中学生のときに開発したその投網は、湖にいる微生物を絡めて作用を起こし、水を発生させる。夜毎の投網のおかげで、水位は危険域に入る直前で守られている。
一方で町のお社は降雨のための祈祷に余念がない。観光資源の怪獣を守るためだが、この祈祷の舞いがまた風流な代物で、新たに観光客を呼び寄せている。古くからの伝承と言われているが、ぼくたちが幼稚園のときに編み出した踊りだ。
ぼくたちは町を守り続ける。それが虚構であろうがなかろうが、ぼくたちはただ生き延びるために、今日も投網を続ける。
投網観光開発15
小さな漁村、茨北村に若者が押し寄せるようになったのは一週間前のこと。困惑した漁師達が派出所に押しかけた。
「最近なんで若者が村に来るのか教えてくんねえか?」
「ちょっと待って下さい……」
赴任したばかりの新人巡査はスマホで調べ始める。
「どうやら、ポキモンVRというゲームが原因らしいですね」
巡査が示す画面には一軒の漁具店が紹介されていた。
「それ、俺の店だっぺ」
「魚吉の網がすごい、って書いてありますよ」
「そのゲームと網が関係あんのけ?」
「えーと、魚吉の網は使い易くて大きなポキモンが獲れる? へぇ〜、ポキモンを捕まえる道具は、実物の写真を三方向から撮らないといけないらしいですね」
「写真を? 道理で若者が店に来て、網の前で何かやってるわけだ」
「魚吉の網を使ってみた動画も載ってますよ」
そこには公園で大きなゴーグルを付けて腕を振る若者達の姿が。
「なんだい、こりゃ随分と屁っ放り腰だなぁ」
「網の打ち方、教えてあげたらいいんじゃないですか? 一時間千円くらいで」
「おお、それはいい案だっぺ」
「んだ、皆でやっぺよ」
こうして茨北村は世界でも有名な漁村となった。投網の魅力に取り憑かれて永住を決めた外国人もいるという。